君色グラフィティ


□相愛傘
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いつものようにカフェのカウンターで課題を片付けている鳴海を見て、篠宮が呟いた。

「鳴海って寂しがりだよね」

どこをどう見たら、そんな単語が出てくるんだろうか。篠宮はホントに不思議な奴だ。

「そんなの初めて言われた」
「そう?部活無い時、いつも此処にいるから、そんな気がしたんだけど」

まぁたしかに、暇があれば篠宮のバイト先に入り浸るようになっていた。でもそれは…

「好きだからだよ」
「それ、店長に言ってあげて。喜ぶよ〜」

いや、店の話じゃなくて、篠宮の事なんだけどな。
本当の気持ちを言えるわけも無く、笑ってごまかしていたら、外でザァッと水が地面を叩く音がした。

「雨?」
「うわ、傘持ってねぇのに…」

ため息混じりに鳴海がぼやくと、食器の片付けをしていた篠宮が「一緒に入ってく?」と言う。

「いいの?」
「いいよ〜、帰るとこ一緒だし。これで終わりだから、片付け終わるまでちょっと待ってて」
「わかった」

店長が傘を貸してくれると言うのを断って、二人は面白半分で雨の中へ足を踏み出す。

「結構降ってるな…」

降りしきる雨の中、傘が作る僅かな空間で肩を寄せ合った。

「鳴海、遠慮すると肩濡れちゃうよ?」

そうやって、傘を鳴海の方に傾けるから、今度は篠宮の肩が雨に晒される。

「篠宮こそ…。傘貸して?持つの大変だろ」

鳴海の身長に合わせて、少し高めの位置で構えていた手から傘を取り上げ、篠宮が濡れないようにと、気付かれない程度に傘を傾けた。

「ありがと。 なんか楽しいね〜、二人三脚みたい」

無邪気に笑う篠宮に、楽しいと言うよりドキドキする。距離が近い。
篠宮のどこが良いのかと聞かれたら、たぶん上手く答えられない。全部、とか浮かれたことを言ってしまうかもしれない。まさか自分が、男を好きになるなんて思いもしなかった。
でも、性別とか、外見とか、そんなものに囚われないこの感情が、人を好きになるって事の本質なんだとも思う。

「二人三脚?どの辺が?」
「距離感?こんなにくっついて歩く事って、あんまないよね」
「こういうの、恋に落ちる距離って言うらしいよ」

もうすぐ寮に着いてしまう。
まだ一緒にいたい。
篠宮も、同じように感じていてくれたらいいのに。

「えー、なにそれ?初めて聞いたよ〜」

けらけらと笑う無邪気な顔が、一瞬だけ凄く冷静な色を灯して、再び、ふわりと笑みを形作る。

「でも、なんか分かるかも」

なにその表情。
ちょっと期待するじゃん。

「じゃあ、俺と恋に落ちてみる?」

鳴海は半分冗談のつもりで言ったのに、篠宮はちょっと考えて「鳴海ならいいよ」と、笑顔で答えた。



…いやいやいや、普通そこは否定するとこでしょ。



思わず足を止めてしまうと、傘の下から一歩外に出てしまった篠宮が、不思議そうに振り返った。

「鳴海?」
「…悪い」

えーと、なんなのこれ?
冗談?本気?
篠宮の考えは掴めないけど、今しかないと、心の中の何かが囁いた。

「…なぁ篠宮。俺、本気で言ったんだけど…」
「え?」

傘の中に戻って来る篠宮が、僅かに首を傾げる。
こんな、一か八かの勝負に出るなんてらしくないな…。と鳴海は苦笑いした。だけどもう、後には戻れない。どう言ったら、ちゃんと伝わるんだろう?

好き、じゃ足りない。
愛してる、は嘘っぽい。



「篠宮、冗談抜きで…俺の恋人になって?」



瞬間的に脳をフル稼動させた割に、出てきた言葉は、どこか軽くて、真実味がなくて嫌になる。
篠宮は目を見開いて、ぱちぱちと2、3度まばたきをした。

そりゃ、驚くよな。男に告白されるなんて、考えたこともなかっただろうし。

「…」
「…」

沈黙が怖かった。
慰めはいらないから、嫌なら嫌と早く返事をしてほしかった。

「……僕で、いいなら…」

ポツリ、と返ってきた篠宮の声に耳を疑っていると、篠宮の表情が自信なさ気に揺らぐ。

「…ダメ…かな…?」
「だ、ダメじゃなくて!断られると思ってたから…驚いた…」

さっきから調子が狂ってばかりで格好悪い。だけど、篠宮は柔らかく表情を崩して「良かった…嬉しい」と笑ってくれた。

俺も嬉しい。ヤバい。
言いたい事がありすぎて、なにを言おうか迷っていたら、篠宮が遠慮がちに袖を引っ張った。

「…ね、鳴海」
「なに?」
「…手、繋ごっか」

内緒話のような声のトーンと、恥ずかしそうな篠宮の顔に、舞い上がっていた気持ちが全部真っ白になって、少しだけ冷静さを取り戻す。

「傘どうすんの?」
「そっか…じゃあ一緒に持つ」

添えられた手の震えから、篠宮の緊張が伝染する。たしか、初めて女の子とキスした時だって、こんな気持ちにはならなかったはずだ。

「…なぁ、篠宮」
「なぁに?」
「想って呼んでいい?」
「いいよ」

断られるとは思ってなかったけど、了承の言葉を聞いてホッとする。僅かだけど、自分が特別な存在に近付けた気がして嬉しい。

「じゃあ鳴海、また明日ね」

楽しい時間ほど早く過ぎてくってのは本当のようで、本当にあっという間に部屋の前に着いてしまった。寮に着いてから、こっそり繋いでいた手が離れるのは寂しかったけど「また明日」という、何の変哲もない言葉にさえ、特別な意味があるような気がして嬉しくなる。
名前で呼んでも良いと言ってもらったのに、結局今日は呼べなかった。でも、思いを告げられたし、手も繋いだ。ほんの1時間前までは、考えもしなかった現実が目の前に広がる。

「あぁ。また明日な」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」

明日はちゃんと名前を呼ぼう。

なにも焦る事はない、二人の時間はまだ始まったばかり。



<END>
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