Junk

□forget-me-not.
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《卒業おめでとうございます!》

同級生が書いたと思われる丸い字を指で撫で、タカは深く息を吐いた。

「卒業、かぁ…」

ハルを見送るのはこれで二度目。
片想いだった3年前とは違うと分かっていても、上手く向き合えない自分がいる。

「なんて書こうかな…」

顧問が卒業する先輩方に作った、弓道部のアルバムをめくり、その最後のページの寄せ書きを読み直す。

《卒業しても、遊びに来て下さい》
《2年間お世話になりました》
《先輩みたいになれるよう頑張ります》

ほとんど隙間なく書かれた言葉に、慕われてるんだなと思うと、僅かな嫉妬心と、この人は俺のものだと言う優越感がよぎる。

「…決めた」

ほんの少し残された隙間にボールペンを走らせて、アルバムを閉じた。







卒業式の後、弓道部の後輩達から渡された顧問手作りの卒業アルバム。毎年恒例なのに、出迎えてくれた後輩達を見た時は、込み上げるものがあった。
家に帰り、受けとったアルバムを照れ臭いような嬉しいような思いでめくれば、一枚一枚の写真が3年間の思い出を鮮やかに呼び起こす。

「…いつこんな写真撮ったんだ」

3年の夏に行った合宿のページで、思わず手が止まった。頭を抱えたくなる。
そこには、バスの中でお互いに寄り掛かり合って熟睡する自分とタカの写真。誰の字だかわからないが《ハル先輩ベストショット!》とか落書きされていて、恥ずかしいことこの上ない。

そして、最後のページを埋め尽くす、後輩達からの寄せ書き。
一人一人のメッセージを、丁寧に読んでいく。

《忘れないで下さい。 孝浩》

思いのほか短いタカのメッセージを読んだら、何故か無性に声が聞きたくなった。携帯に電話をしながら、初めてタカに思いをぶつけられた日のことを思い出す。

“嫌いでいいから、憎んでいいから…、俺のこと一生忘れないで下さい”

自分のことを散々掻き乱したタカが、謝罪の後に続けた言葉。
その前のタカがどんな顔をしてたのかなんて、訳が分からなくてよく覚えていないけど、その時の表情は、しっかりと目に焼き付いている。
もう、あんな顔はさせない。
俺の覚悟を見くびるなよ?

『ハル?』
「ばーか」
『なに?いきなり…』

不機嫌そうな振りをする電話越しのタカは放っておいて、寄せ書きの文字を撫でる。

「忘れるわけないだろ」
『…あぁ、読んでくれたんだ』

タカの声のトーンが柔らかくなるのが心地良い。だけど、そう思っていることを悟られたくはないから、つい可愛くない返事をしてしまう。

「あんなことされて忘れられるかよ。ホント、嫌いにならなかったのが悔しい」
『俺は嬉しいよ』

甘い声がくすぐったくて、動物がするみたいに小さく肩を竦めた。

「…あのアルバムさぁ、俺が写ってるやつ、ほとんどタカが一緒に写ってんのな」
『いっつも傍にいたからね』
「ストーカー並にな」
『愛ゆえだよ。一瞬だって離れたくない』
「否定しろよ。…まぁ色々あったけど、…お前がいたおかげで楽しかったよ。ありがとな」

普段はこんなこと言わないけど、今日は節目の日だから、少し素直になってみる。

『良かった。ねぇハル、今から行っていい?』
「今から?明日でも…」

なにもこんな時間から会わなくても、明日ゆっくり会えば良い気がするけど。

『やだ。今がいい。今すぐ抱きしめたいし、キスもしたい』
「…はぁ…好きにしろ」

タカの言動は、呆れる半面、羨ましくもある。そして俺は、この子供みたいな要求を拒みきれない。甘いなとつくづく思う。

『すぐ行くよ』
「あ、家族居るから部屋入るまで変な真似すんなよ」
『それはハル次第。待っててね』

一方的に通話が切られ、苦笑しながら窓の外に目をやった。あの様子じゃ、10分もしないうちに来るだろう。

「しょうがねぇ奴…」

やっぱり自分は甘いなぁと息を吐いた。



<END>

forget-me-not.…忘れな草の別名で、これの直訳が日本名や花言葉の由来なんだそうです。

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