Junk

□ラブレター
1ページ/1ページ


それは不思議な夢だった。




“今夜、二人で出掛けよう”

そこは小さな病院の一室で、その窓に差し込まれた手紙を見た僕は、急いで返事を書いていた。

“楽しみにしています”

手紙を再び窓に差し込んで、夜が来るのを待つ。早く夜が来ればいいのに。
治ることのない病のせいで、家族にも見放された僕を、変わらずに想ってくれる貴方。長くは持たないと言われているこの体で、僕はあと何回、貴方に触れることが出来るのだろう。

「十和君」

夜も更けた頃、静かに窓が開かれて、大好きな声が僕を呼ぶ。それだけで、心臓が飛び出そうなほど嬉しい。

「晋哉さん…!」

こっそりと外に出て、お互いに顔を見合わせて笑った。

「意外と簡単だったなぁ」
「そうですね」

僕は頷いてみたけれど、本当は先生も気付いてる。さっき、廊下に姿が見えた。ただ、今の医学ではもう何も出来ないから、せめて後悔の無いようにと好きにさせてくれている。
冷えるから、と晋哉さんの上着を着せられ、二人乗りした自転車が向かったのは、前に二人でよく行った河原。

「久しぶりですね」
「あぁ」
「最後に来たのは桜の頃でした」
「あぁ。…懐かしいな」

今日の晋哉さんは、なんか変だ。いつもなら、何の花が咲いたとか、誰がどうしたとか、病室じゃ分からないことを、たくさん話してくれるのに。それに、こんな風に決まりを破るような真似はしない。僕は外に出れて嬉しいけど…。
ふと、晋哉さんの手が、僕の手に重なった。あったかい。でも、重ねられた手は微かに震えてた。

「…晋哉さん?」

どうしたんですか?と言うより早く、口づけられて唇を塞がれる。

「……今日で最後だから」
「最後…?」

状況が飲み込めない僕の頭を優しく撫でて、晋哉さんは真剣な目をした。

「戦争に行くことになった」
「え…そん、な…。いつ?いつ帰って来るんですか?」
「…たぶん生きては帰れんよ」

戦況が良くないという話は、チラホラと耳にしている。でも…

「嫌です!そんなの…」
「…十和君、お願いがあるんだけど」

複雑な笑みを浮かべた晋哉さんのポケットから、月明かりを鈍く反射するナイフが出てきて、僕はドキドキしながらそれを見ていた。なにをする気なの?

「…なん、でしょう…?」

心中も悪くないかな、と思う僕をよそに、晋哉さんは無造作に一つまみ分の髪をナイフで切り、さらにポケットから真新しいお守り袋を取り出して、その中に入れた。

「これを、持っていて欲しいんだ。…向こうで死んだら、骨も残らない気がするから」
「…ッ、嫌です…貴方が死ぬなんて…僕が死ぬ時に、貴方がいないなんて…」

看取られたいなんて、なんて我が儘だと、自分でも呆れる。でも、一人で最期の時を迎えるのは怖い。僕の命が長くないのと同じように、これも仕方の無いことだと分かってるのに、ぼろぼろと溢れる涙が止められない。

「ごめんね…」

僕の目元を拭い、泣かないでと言う晋哉さんも泣き顔だった。青白い満月の光に照らされた晋哉さんは、存在がひどく不確かに見えて、もうすでに此処に居ないんじゃないかと不安になる。

「貴方の傍で逝きたかった…」
「君と一緒に生きたかった…」

音は同じだけど、意味はきっとチグハグだ。いつも僕らは少しだけ噛み合わない。
お互いに言いたい事をみんな言って、泣いて、泣いて……呼吸を落ち着けてから、晋哉さんは僕を抱き締めた。少し痛かったけど、それだけ気持ちが入っている気がして嬉しかった。僕も晋哉さんの背中に手を回して抱き返す。

「ねぇ、十和君…」
「はい…」
「輪廻の先で、また逢えたら…二人で桜を見に行こう」
「約束ですよ…?」
「あぁ」


***


「十和〜、先生見えたわよー」
「はーい」

玄関から呼ぶ母の声で目が覚める。先生というのは、父が知り合いの息子に頼んだ家庭教師の事。元々、人見知りなところのある僕は、あまり乗り気じゃなくて、2〜3回見てもらったら適当な理由で断ろうと思ってた。

「はじめまして、十和君」

なのに、何故、貴方がここにいるの?
眼鏡のせいで印象は違うけど、そこにいたのは間違いなく夢で見たあの人で。

「…晋哉さん、ですよね。…よろしく、お願いします…」

あれは、ただの夢じゃなかったのかと頭が混乱する。

「春休みになったら、桜でも見に行こうか」

落ち着かない気持ちのまま、自室に入ると、なにげない口調で晋哉さんが言う。夢で見た光景がフラッシュバックした。

「…約束、ですよ?」
「あぁ」

それはまるで、夢の最後の場面と同じようで…。


「…あの、…前にも、こんな約束しましたか…?」


思わず口を出た言葉に、晋哉さんは眼鏡の奥の目を優しく細めて、秘密の話でもするみたいに「ずっと、昔にね」と囁いた。



<END>

これのプロローグ的な話がブログのカテゴリー・妄想の中にあります。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ