hide and seek
□カナリア※
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ガタガタと風が雨戸を揺らし、雨が地面を打ち付ける。
「…」
「…」
そんな外の騒ぎとは対照的に、部屋の中は驚く程静かだ。
鳴海は、小さくため息を吐いた。
宿が無く、嵐を避けるために、仕方なく入った遊郭、何をする気もなかったが、一応決まりだというので適当に呼んだ遊女は、鳴海とそう歳の変わらぬ男だった。
女は面倒だが、男では、どうしたら良いかわからない。
何もする気は無いから、楽にしてて良いと言ったら、相手も戸惑ったようで、緊張した面持ちで部屋の隅に座り、何も言わずにじっとしている。
「おい」
食事も終えてしまい、沈黙に耐え兼ねた鳴海が声を掛けると、青年はピクリと肩を揺らして立ち上がり、しとやかな動作で鳴海の傍に座り直した。その一連の動作を眺めながら、小柄な体形といい、大人しそうな女顔といい、服装のせいだけでなく、何も言われなかったら、男とはわからないかもしれないな、と鳴海は思う。
「お前、名前は?」
「……」
問い掛けると、青年は鳴海の手を取り、掌に『しのみや』と指を滑らせた。
「しのみや…」
掌に残る、擽ったいような感覚を声に出して繰り返すと、しのみやは嬉しそうに微笑んで、再び指を走らせる。『篠宮』と今度は漢字で書いて、篠宮は畳に手を付き、深々と頭を下げた。
文字の読み書きが出来る所や、仕草など、とても位の低い遊女とは思えないが、たしか、太夫などとは程遠い位だったはずだ。
「…声は、出ないのか?」
疑問を口にしたら、篠宮は申し訳なさそうに頷いた。恐らく、彼の位が低いままなのは、そのせいだろうと鳴海は推測する。
くいくい、と着物を引かれて、鳴海が視線を落とすと、篠宮が再び手を取った。
『お名前は』
「鳴海だ。鳥が鳴く、の鳴に海」
すると、篠宮は鳴海の掌に『鳴海』と書いて、あっていますか?と聞くような表情で鳴海を見上げる。
「あぁ、それで合ってる」
『きれいな お名前ですね』
「ありがとう」
時間のかかるやり取りだが、思いの外、心地好い時間が流れていく。