駄文。
□ふわり。
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ふわり。
少しの気配も感じさせず、軽やかな身のこなしで屋上に降り立つ、白き罪人。
「キッド…」
「お久しぶりです名探偵」
オレの姿を目に入れるなり、シニカルな笑みを口元に浮かべながら、華麗にお辞儀をした。
「とっとと宝石返しやがれ」
冷めた口調で告げれば、やれやれと肩をすくめる怪盗。
「せっかく綺麗なお顔をされているのに随分と汚い言葉遣いですね」
「そうさせてんのはテメェだろ」
「私がなにか致しましたか?」
「テメェのそのキザったらしい態度にこっちは毎回寒気がして仕方ねぇんだよ」
「随分とひどい言われようですね」
キッドが苦笑しながら口にする。
毎回、キッドから予告状が送られてくるたび、オレらは幾度となく同じ様なやり取りを繰り広げてきた。
どうせこの会話の後キッドは大人しく宝石を返し、いつものようにハンググライダーで夜空へ飛び立っていくのだろう。
そう思ってたのに。
「安心してください。気障な怪盗に名探偵が気を悪くされるのも、今夜が最後ですから」
キッドの口から淡々と告げられた言葉に、目を見開く。
「それ、どうゆうことだよ」
ワケがわからず問い掛ければ、
「探していたモノを、ようやく手にすることができました」
静かに、キッドが呟いた。
「だから、この宝石は残念ながら返すことはできません」
「ふ、ざけんな…!じゃあなんで屋上までわざわざやってきたんだよ!」
宝石が本物だと確信したのであれば、わざわざ立ち寄る必要もないだろう。それも、目を光らせてキッドが降り立つのを待ち構えているオレの前に。
「最後に、名探偵にお別れが言いたかったんです」
真っ直ぐにオレの瞳を見据えながら、キッドが口にした。
そして、茫然と立ち尽くすオレの元へ一歩ずつ、歩み寄ってくる。
キッドの視線から目を逸らすことも、距離を縮めてくるキッドに対し後ずさることも、できなかった。
ふわり。
気づけばオレは、キッドの腕の中にいた。
言ってやりたいことはたくさんあるのに、言葉を紡ぐことができない。
まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱き締めてくるキッドに、されるがままになるオレがいた。
長いようで、短い、一瞬のできごと。
名残惜しそうに抱き締めていた腕を解いたあと、
「さよなら、名探偵」
ふわり。
キッドが微笑んだ。
それは、キッドが今まで見せたことのないほどの、穏やかな微笑み。
間近で見る、キッドの柔らかな表情に、思わず見入ってしまう。
少しだけ、モノクルの反対側の瞳に、寂しさが見え隠れしているような気がした。
「キ、ッド」
なぜだろう。
もう、会うことはないとわかった瞬間、徐々に込み上げてくる焦燥。
「名探偵、そんな顔しないでください」
困ったようにキッドが笑う。
オレは今、一体どんな表情で目の前のコイツを見つめているのだろう。
「うるせぇ、いきなりすぎんだよお前は」
これからも、ずっとコイツとの攻防戦が続いてくものだと、そう思ってた。
それなのに。いきなり、今まで当たり前だった日常に、なんの前触れもなく終止符を打つなんて、気持ちの整理がつかず、実感が湧いてこない。
「すみません…」
何度も聞いたことのある、キッドの苦笑する声。
この声も、もう聞くことはないんだな-----。
「キッド、よく聞けよ」
自然に、口が動いた。