約二ヶ月ぶりの再会だ、とらしくもなく胸を弾ませて帰宅した彼―雲雀恭弥を待っていたのは、真っ暗な部屋と白い無機質なメモだった。

 急ぎのヤマが入った
 今日中には帰る
出迎えられなくてごめん!

「……よっぽど急いでたみたいだね」
 彼らしからぬ粗雑な文字の羅列。うっかりイタリア語で書いてあることが彼のパニックぶりを表していて少しだけおかしかった。クスリと口元に笑みを浮かべてジャケットを脱ぎネクタイを外した。
 今日中とある辺り、そんなにすんなりと片付く案件ではないのだろう。せっかくのオフが台無し、気の毒に。
「沢田に一週間休みを出させても、お釣りがきそうだ」
 至極楽しそうに笑って、ひとまず長期任務の疲れを取ろうと浴室へ向かうのだった。肩に止まっていた黄色いふわふわの小鳥は、勝手知ったる懐かしの我が家を縦横無尽に飛び回っていた。

 沢田綱吉のボンゴレ十代目就任と同時に本拠地をイタリアに戻した獄寺。元々並盛から離れる気のなかった雲雀とは必然的に遠距離な関係を強いられることになる。
 最も同じボンゴレ守護者を本職とする者同士。雲雀が日本から出ないで済ませられるはずもなく。
結局一年の内通算半年ほど、イタリアに通っている形となっていた。

 イタリア滞在時に雲雀が必要としたのは、隔絶されたプライベート空間だった。
その為の、この場所。
 ボンゴレ本部内にも守護者はそれぞれの部屋を与えられているけれど。そんな騒々しい場所ではなくちゃんと恋人と落ち着ける空間を確保したかった。
故に手に入れた。2人の名義で買った土地、屋敷。
思いのほか居心地のいい家に2人は大満足。故にここをベースとした設計で日本でのアジト造りを目下遂行中だったりする。

温まってさっぱりとした浴衣姿で出て来た雲雀の肩に止まった黄色い小鳥。いつからかヒバードと呼ばれるようになった子の頭を優しく撫でて。獄寺が作っておいてくれた冷茶で喉を潤した。
「早く帰っておいで…」
 ソファーに腰掛けて瞳を閉じる。室内に色濃く残る獄寺の匂いに、気配に包まれて。雲雀は久方ぶりの安息空間で、恋人を待ちがてら僅かな仮眠を取るのだった。

   ◆◇◆

 いつの間にか本格的に眠ってしまったのか、目が覚めた時外は盛大に雨が降っていた。こんな中任務だなんて、風邪引かなきゃいいけど。なんて考えていた矢先のこと。
 不意に玄関に現れる一つの気配。一瞬にして雲雀の目がスッと細められる。
 肩に止まりっぱなしだったヒバードをおろして、愛用の武器を両手に握り締める。ゆっくりと玄関まで歩を進めた。内側からそっと様子を伺えば、急いで来たのかはたまた緊張しているのか、落ち着かない呼吸音。
切迫した状態に再び眉を顰めた。扉を挟んでいるとはいえ、懐かしい気配にこの自分が気がつかないはずがない。中に入るのを躊躇っている様子にやや苛立ち、無言で勢いよく扉を開いた。
「っっ……よ、よう…お帰り、雲雀…」
「ただいま…と言いたい所だけど、君まだ任務の途中でしょ」
「う……」
「間もなく今日が終わっちゃうよ?間に合うの?」
「き、着替えに寄っただけだ!スーツ変えて車で本部に行って報告済ませれば終わりだから…!」
「ふうん…?」
 仁王立ちで顔を顰めたまま中に入れようとしない雲雀に、相当怒っているのかと首を竦める。
 長期間一箇所に留まる任務を嫌う彼に、それでもと強引に仕事を頼んだのは他ならぬ獄寺だった。
普及しつつある匣がどういった代物なのか調べたくて、でも自分はこの地を長期に渡って離れることは出来ない。
だから、自分と変わらぬ頭脳を持つ彼に代わりに行ってくれることを願った。
 帰って来る日は休暇をとって、この場所で、2人だけの屋敷で腕を広げて出迎えるからと約束して。
「……ごめ、ん…雲雀…」
「何が?」
「っ…約束、守れなくて…悪ィ…」
「緊急の仕事だったんでしょ。それなら仕方ないじゃない」
「け、けど……!お前、怒ってる…だろ?」
 ぼそぼそと呟く獄寺に、雲雀は盛大にため息をついた。両手に構えていたトンファーを横に置いて、真っ直ぐ獄寺と向き合う。
 濡れねずみ状態の彼はそれは酷い有り様だった。ずっと走ってきたのだろう、所々泥が跳ねてスーツを汚している。ぺったりと生地が濡れてはりついてしまっている姿は哀れさえ誘うようで。
しかし泥以外で目についた染みに思わず眉を顰めた。
「怪我、した?」
「してない。これはただの返り血」
 いつまでもどこうとしない雲雀に業を煮やしたように歩を進めてくる獄寺を、無表情のまま軽く突き飛ばした。思わぬ行動に目を見開く。そんな扱い付き合う前ならいざ知らず、付き合ってからは一度たりともされたことがない。

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