◆第4幕・Sugar。

□寒果実。
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「らんー?…カタギの人間、威嚇したらアカンわなあ…」
折角の可愛ええ顔、勿体ないて――。

エエ子やから、ちゃんと言うこと聞かんと、な?


ムカつくバカ狐が。
よく分からない事を云いながら――アタシの頭を撫でる。

いい年のでかい図体の男が。
いい年のでかい図体の女を。
――子供扱い。


近くの参拝客から。
クスクスと忍び笑いが――聞こえてきた。


さっきから…注目の的だった。




むか。

「―――――っ!!」

思い切り。
狐の向こう脛を、蹴る。


クリティカルヒット。

「な…っ何やの―――っっ!?」

狐が涙声で叫んだ。

かなり蹴りどころが悪かったのか――足を抱えて、その場に蹲って…震えてる。



だけどアタシは。

身を翻して。

そのまま。
参道を――ひた走った。





冬の薄陽。

陽が。
まだ出ていて――も。
空気はとても、冷たくて。

喉に当たるそれは。
冷たい――というより。

…痛い。



それでも。
着物の足はけを気にもせず――甃を走った。




息が上がったのか。
肺までが痛い。



…休もう。




境内に設えてある、長椅子の一つに腰掛けた。


ひゃ…っ!

――なかなか座る人たちが…いない理由が分かった。

冷えきっている…のだ。


ハンカチを取り出して、長椅子に敷くと。
その上に腰掛けた。

多少はマシな気がする。



空を見上げると。前髪に、うっすらと反射した夕陽が――眩しい。


人波は。
参道を途切れることなく。続いて。



道往く人々は。
寒いねー、と言いながらも。
「みんな…楽しそう…」



親子連れとか。
学生たちとか。
――恋人同士とか。



一つ。
息をつく。


上がっていた息も。
いつの間にか…落ち着いた。



何か――飲もう。


小銭を確認して。

着物の裾を直しながら。立ち上がる。
寸前。
「あ…の――…」


うん?
顔を上げると。

「シャッター、押してもらっても――いいですか?」

恐る恐る…という感じの声が降ってきた。

さっき、ぼんやりと眺めていた――恋人たちのうちの…一組だ。


そう――言われても。
「アタシ――使い方、全然わからないんですよね…」
やんわりと断ってみる。


現世の機械には…馴れてないのだ。

もしも――壊れて。

新年早々に。
厭な思い出として…刻まれても――と思うんだけど。


「大丈夫です――押すだけなんで…お願いします」
躊躇うアタシに、押し付けるかのように――銀色の箱を渡す。


少し前のものなら。
触ったことは…あるけれど――

女の子が、彼氏の腕に自らの腕を絡ませながら、
「あ。コレです…コレがシャッターなんで――すいません」
「――いえ…」

ふわふわとした笑顔。

アタシにも。
あんな笑顔が――出来るだろうか…



ちくり。
また、何か痛む。


愛されてるんだなあ。
――なんて。

…なんとなく。
そう――思った。



本殿を背に。
二人が笑顔を作る。


眩しい…


不安なんて、何もない。
――そんな笑顔。


「撮りますね…」

小さな硝子越しの…二人の笑顔が深まる。


シャッターを押した。


コレで――いいんだろうか。



箱から顔を離すと…男性が、指を一本立てる。

もう一回…という意味だろう。

頷いて。
もう一度、硝子を覗いた。



男性は、彼女が絡めた腕を――ゆっくり外して。

そのまま。
彼女の肩を抱いた。


彼女が一瞬、吃驚して。
少し照れた顔を――こちらに向ける。


笑顔。


何の迷いもなく。
躊躇いもなく。
心からの――笑顔なんだ。


彼女の笑顔に見惚れる。
――と。
男性が頷く。

周章てて…それに頷き返して――シャッターを押した。



「ありがとうございました…」
何度も頭を下げて。
人混みの中に消えていく二人を…手を振って見送る。



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