◆第4幕・Sugar。

□MELTING POINT.
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†MELTING POINT.





「――東京。今日一日冬晴れが続くでしょう――…」


――とは、朝のニュースで。



昼近くには…びしびしと寒気。


午後2時に霧雨――から雪。


午後4時には小雨。


そして。
現在――午後6時。


校舎の今日最後の鐘が鳴った。



「…雨、止んだみたいだね…」

折りたたみ傘を出しかけ。
既に雨が止んでいる――ことに気付いた石田くん。

「石田くん用意周到だね…」
「まあね。降ると思ってたから――勘、だよ」

へー…。

「凄いね!石田くん!まるで…蛙みたい!!」
「か…蛙…っ!?」

石田くんが、ややひっくり返った声で――復唱した。


あれ?
あたし何か変なこと言った?


自分の台詞を反芻していると。

「…か…蛙か――蛙、ね…」
とブツブツ呟いてる石田くん。

――言わなきゃ良かった…




と。
石田くんが突然思い出した様に時計を見て、

「あ…井上さん、ごめん!
もう、駅前のスーパーのタイムセールの時間だから…」


ごめんね!
また次のミーティングでね!

――そう言って走っていった。



タイムセールか…

そういえば…何か買いそこねていたような気が――する。


話し相手がいなくなると。
思い出したように寒気が襲う。



「さ…寒い…!!」

――校舎を出るのが辛かった。





首を竦めて商店街へ向かうと。

赤と緑。金と銀。
――のキラキラだった。


チキンやケーキを売る声。
オルゴール調のX'masソング。
バニラの匂い。


――X'masだなあ…

華やかムード。
何かウキウキしてくる。



商店街で統一してあるらしい。

街灯一つ一つに、赤い実と金のベルがついた金色のリース。

『Merry X'mas』と。
金文字入りの赤いベルベットの旗が、店ごとに翻る。


去年までバラバラだったのに、今年は統一されてて――凄い。


街灯の隙間を縫うように置かれた、白を基調したツリー。

蛍光色のような発色の、青みがかった紫のアッパーライト。

…綺麗。



「――井上…買い物か?」


――この声。


「黒崎くんだ!」
「…おう…」

白地にポケット部とチャックが黒の、シンプルなジャンバー。

スッキリしたフォルム。


――創作意欲が湧きますね。



寒いよなー。
寒いねー。

――なんて時候の挨拶。




「え?この寒いのに学校?」
「うん!冬休みが明けたらすぐ県大なんだよ」

今日は学校で、手芸部の
『県大対策ミーティング!!』
…だったのです。


「しゅ…手芸で…県大、か…」
と黒崎くんが複雑な顔。

多分。
想像なんてつかないのだろう。

必死で思い浮かべてるらしい。

んとねー。
「早編み部門とかー…」
「早編み!?体育会系かよ?」

編み物は切羽詰まった作業ではないように――思ってた。

「や。外国の映画とかだとさ。
女の人が暖炉の前で編んでる的な――仄々したイメージで…」


黒崎くんの言う通りだと思う。


自分も。学校の手芸部に入って――初めて知ったのだ。



少しの沈黙。

「お袋も…編んでくれたな…」

モヘアで編むと、直ぐ絡まるんだよなー。アレさ…

なんて。
黒崎くんが。
微笑む。
けど。

微かに――笑顔に陰りをみた。


…………………………。


え…と。

これは――あたし…
どうしたらいいんだろう。

話…続けていいのかな。
他の話題にしたらいいかな…


え。ええ…っと。

こ――ういう時。
気が利かないあたし。


………………どうしよう。

黒崎くん…寂しそうにツリーを見つめちゃってるし。


どうしよう。
どうしよう。


あ。
あたし。

あ――…


「あたし!セーター編んでみようと思うの!!!」

拳握って宣言しちゃったり。


「………あ…ああ…そか…」

黒崎くんが気圧された顔する。


言葉が続かない。


あの。
あの。

く。

「――黒崎くんの…!!!」


黒崎くん一瞬「?」てなって。

それから赤い顔で下向いた後。

「……そ…そそっか…」

と。
天を仰いで考えこんでから。


「……………さんきゅ…な…」

…って。微かに聞こえた。


「さ――最近のツリー、って…こんなの増えたんだな…!!」

お洒落な――感じの!


黒崎くんが続ける。


「うちは…何だかさー、何日か前にツリー飾って…てさ!
ツリーに自分の欲しい物を紙に書いて――長靴の飾りの中に、入れて吊すんだよなっ!」

七夕かX'masか分かんないよな。
あはは…と、黒崎くんが笑う。



家族と――X'mas、かー。


一人暮らしを始めてから。
ツリーを飾ったことがない。


「お兄ちゃんがいた時は――。
二人でツリーの飾りつけをしたんだけど…
何か出すのも片付けるのも――大変だから…」

やらなくなっちゃった。
そういうの。



お兄ちゃんがいなくなって、初めてのX'mas。

――準備よりも。
X'masが終わった次の日に感じてしまう――孤独感。

部屋の中に拡がる冷気。


いたたまれなくて翌年止めた。



沈黙に気付いて。
黒崎くんを見上げると。

少し眉間に皺を寄せてる…様な怒ったような――顔で。


「…あ!ごめんね…暗い――」
「飾ってないのか?」

――え…?


「ツリー、さ――お兄さんが…買って――飾ってたんだろ?」

「…………うん…」


沈黙。

何か言わなきゃと――思った。

けど。
黒崎くんに先を越された。

「よし!――か…飾るか!」
「え…え?」

飾る。


「ツリー…勿体ないじゃん」

そういう考え方は無かった。


「今から――ダメ…か?」
「え!?あ…ダメ、って…?」



少し間があって。

「井上んちの、ツリー飾る」

黒崎くんが素っ気なく言う。



あたしんちの?


「『一人きりのX'masイヴ』、
なんて――歌の通り、って…」

何か…ヤじゃん…


「――って…思って!!」


ぼそぼそと言った後、急に早口で投げやりに言い放ち。

ふっと、そっぽを向く。


照れてるのかな。
とか。何となく思った後。


意味に――気が付いた。


「く――ろさき、くん…」

黒崎くんが我に返った顔。
「…あ…イヤなら――…」


ありがと―――…って。
言おうと。


黒崎くんに向き直るつもりが。

足元の路面が凍って。
滑って。

………………ダイブした。


硬いような。
柔らかいような――感触。


でも温かい。


――ん?


「…な――なな何してんだよ!
――井上!!」

黒崎くんの声が。
上から降ってきた。



あ――…
お約束の展開だなって思って。


「あ…あの!ほらセーター編むのに胸囲分からないから…!」

計ってるの!!


自分でも何言ってるんだろう…とか思ってたら――…


黒崎くんが笑い出した。

「井上って――可笑しいの…」


ほら。

黒崎くんはあたしの態勢が戻るよう――手を貸してくれた。



黒崎くんの。
温もりから離れるのが嫌で。

わざと、ゆっくり躯をおこす。


…図々しくて、ごめんね。



案の定。
黒崎くんの温もりが――恋しくなった躯は。

――直ぐに、ぶるりと身震い。



コートの衿を立て気味にした。


黒崎くんの。
柔らかな温もりを――欲しがってしまう躯を、ごまかす。



「…井上」


視界に黒い何か。

ラムスキンのグローブ。

――黒崎くんのだ。



「片方、な…」
「…あ…ありがとう!」


突き出すように。
ぎこちなく差し出されたグローブを受け取る。


黒崎くんの温もりが残ってて。
危うく取り落としそうになる。



左手に嵌めたそれは。
やはり仄かに温かくて。

ラムスキンの滑らかな感触が、何だか生々しくて。

あらぬ妄想をしそうになる。


うわ。
あたし、どうしよう――




「…井上…」


僅かに。震えを含むような――黒崎くんの声がして。


手が。
差し出された。


意味が解らなくて。


出された手を――私はどうしたらいいのか解らなくて。


戸惑ってると。


黒崎くんの手が。
躊躇う様に引っ込もうとして。


右手で咄嗟に掴んでしまった。




黒崎くんの体温が、浸みて。
右腕の内側に。

――ぞくりとした感覚。


黒崎くんの手があたしの手を滑って――絡む。


じん、とした痺れのような。

拡がる甘さに…
――ぞくぞくした。


あたしったら、疚しいわ。




黒崎くんが、あたしの手に指を絡ませたまま――。

――自分のジャケットのポケットに手を入れてしまった。




「…井上、体温低いな」

ぼそぼそと低い声。


…えと。
今、熱が急上昇しそうですよ。



顔が熱い。


ポケットの中の温もりと。
黒崎くんの指の感触と。

――熱、と。




「買い物行こうか――井上…」







外気との、温度差は激しい。
首筋は寒さでヒリヒリする。



「先にあたしの家…行ってからでも――いいかな?」

「…ん…?」

「お茶――いれるね…」



「…………おう…」

黒崎くんが頷く。

繋いだ手に力が篭る。


店のショーウインドウは、何処も白く霞んで。

視界に小さな羽が舞って。



「寒い――ね…」



でも。

――右手は寒くない。





END.




アトガキ。


X'masイヴに間に合った…(笑)
黒崎×井上。
WJだと最近離れてるからな。

手芸部という初期設定を使いたかった。


井上さんが相変わらず、おかしいです。


表現難しいね。

好きなコの体温はドキドキする。

手なんか繋いだら心不全ですよ!

というお話を。

黒崎×井上だからこそ書ける。

で。
石田くんはどうなったんでしょう(笑)


タイトルはcapsuleから。
『I'm feeling You』で連想。



いっちーのジャンバーはPORSCHE DESIGN。




20081224



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