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あ、ない。と友人との下校途中にふと立ち止まったのはついさっきのこと。そこから小走りで戻って並盛中に着くまでには左程時間はかからなかった。
携帯とか財布とか、その程度のものならわざわざとりに戻ることもなかったんだけど(極端に言うとね)。何が言いたいかと言うと、人に見られたら非常に困るものを落としてしまったのだ。


「どこやったかな……」


てっきり教室に置いてきたんだと思っていた探し物は一向に見当たらない。もしかして落としちゃったとか?廊下を隅から隅まで見渡しながら、私の顔からはいよいよ変な汗が出てきた。
だがその時。ふと、今朝の全校生徒集会が始まる前のことを思い出した。

体育館の横の共同トイレ!

男女共用で終日湿気まみれで本当に掃除してるんだか甚だ疑問な、あの害虫の巣窟みたいなトイレだ。授業開始寸前にもよおして、仕方なく入ったあのトイレだ。あの時ポケットからハンカチを引っぱりだした。アレが一緒に入っていたポケットから。
間違いない。と確信をもちながら、私は体育館へ続く渡り廊下へ急いだ。

渡り廊下を進んで正面が体育館の入り口。例のトイレへのドアはそこから右にそれたところにあった。
本当はドアノブを捻るのだって嫌だけど。この際仕方ない。私はトイレの前に立つや否や、半ば強引にノブに手をかけた――いや、かけようとしたんだ。


「――わっ」
「イタッ!」


私の手がノブに触れる前に、ドアが勢いよく開いたのだ。つまり誰かがトイレの中からドアを押し開けたみたいだが、そんなわけで私はドアノブに手を強打。痛みと尋常じゃない程の心臓の跳ね返りが相俟って思わず尻もちを着いてしまった。我ながら情けないなぁと思った。

しかし、私の情けなさはこの程度のレベルではなかったのだと知るのはこの直後のことだ。


「ワリィ!大丈夫か?」
「え、うん……あ」


見上げるとそこにあった彼の姿に、今日という日の意地の悪さを恨んだ。
山本武。野球部のエース。同じクラス。一応、私の「好きな人」ってことになってるらしい人。どうしてこんな言い方をするのかと言うと、つまり、山本君のファンである友人の付き合い(?)で私も彼に恋していることになっているのだ。

もちろん、こんな風に面と向かって目と目を合わせるのは初めて。一ファンとして喜ばなければならないところなんだとは思う。
でもね山本君。どうしてここなの。いやトイレ云々じゃなくてね、今日のこの状況でこの場所に君がいるという神の無慈悲さに、私は泣けてくるんだよ。


「指、打ったよな?本当ゴメンな……おい、どうした?」
「いや、あの、今の時間は部活のはずじゃ……」
「あぁ。今日は掃除当番だったんだ」


このトイレ気味悪ぃな、なんて何の気なしに苦笑いながら差し伸べられた手に痛くない方の手で捕まって立ち上がる。ジンジンと疼く指先はほんのり赤くなっていた。
でもそんなことよりも、だ。『掃除当番』……嫌な予感を肌で感じながらも私は恐る恐る口を開く。


「掃除ってもう終わったんだよね」
「とりあえずな」
「落し物は?」
「ん?」
「落とし物、これくらいの小っさいピンク色の封筒。落ちてたでしょ?」


尋問するかのように詰め寄る私を、山本君は少し驚いて半歩下がる。一応ファンである女子なはずなのに、この可愛げのなさに彼も驚いているのだろうか。


「……あぁ、確かに落ちてた」
「どこにある?」
「ここに、ホラ」


そう言って彼はポケットから取り出した物を私が飛びつく前にさっと差しだしてくれた。急いで受け取った私は中身も確認せず、黙ってそれをカバンの奥の奥へギュッと押し込む。もう二度と持ち歩くまい、と固く決心しながら。


「ありがとう。コレ人に見られたら困る物でさ」
「……ゴメン」
「え」
「中見ちまった」


カバンから引っ込めようとした手が止まった。




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