御礼夢
□その笑顔は遠かった
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遠くの方から聞こえてくる威勢のいい声々にハッとした私は、思わず足を止めて振り返った。
晴れ晴れとした良い天気のグラウンドで、白いユニフォームを纏ったいくつもの人影が忙しなく走り回っているのが見える。
その中には彼の姿もあった。眩しい彼のユニフォーム姿が。
「――ちょっと、どうかしたの」
「あ、ううん。何でもない」
しばらく立ち止まっていた私の肩に友人の手が軽く触れて、またもハッと我に返る。私ったらまたボーっとしちゃったのか。何だか最近多いなあ、こういうの。
不思議そうな顔をする友人に平然と振る舞い、私は名残惜しくもグラウンドに背を向けた。
一年生の時好きになった山本武君は、私の初恋の人だった。自分が一途に誰かを思っているなんて何か少し気恥ずかしいけれど、二年になった今も好きでいるのは事実だ。
野球部に所属する彼は入学当初から人気者だった。だから最初は私も「格好良い」って騒ぐだけのただのミーハーだったんだけどね。ずっと目で追っている内に気が付いたら後戻りできないくらい彼のことを好きになっている自分に気が付いちゃった。
そんなわけで恋を自覚しちゃった私は彼を「格好良い」と言うどころか、まともに彼を見ることすら出来なくなってしまった。何故かは自分でもよくわからない。ただ何となく、山本君に「ファンの中の一人」として数えられたくないって私はどこかで思ってたのかもしれない。
「はぁ……」
最近一人でいる時間は、いつも山本君のことを考えてる自分がいた。
ボンヤリと浮かんでは消える彼の笑顔。笑顔と言っても、顔の部分はおぼろげでハッキリしていない。意識してしまうと近くにいくことすら拒んでいた私は、気が付けば大好きな彼の笑顔すら思い出せなくなっていたのだ。
――告白しちゃえばいいのに
友人たちは簡単に言うが、私はそんなこと絶対できないと思った。恥ずかしいというより、彼に片思いしていることを悟られたくなかった。
知らない人に告白されたって困るだけだろうし。それに山本君は優しい人だから、「ごめん」の一言を告げるだけでも相当心を痛めるだろう。
そう友達に言ったら「アンタは良い子なフリして臆病なだけだ」とキッパリ言われてしまった。うん、確かに。
結局、私は自分が嫌な思いしたくないだけなんだよね。
その日は午後から降り出した雨が次第に勢いを増し、放課後には夕方の空は重々しい雲で埋め尽くされてしまった。
委員会が長引いてしまった私は、教室で一人帰る支度をしていた。
雨だというのに廊下の彼方から聞こえてくる運動部の掛け声。雨の日でも校舎内で活動しているらしい。
「山本君も頑張ってるのかな……」
またしても彼のことを考え一人呟く。その言葉は誰に聞かれることもなく静かな教室に消えていった。
私はカバンを手に取って立ち上がり、電気を消してそのまま教室を後にする。廊下を歩く途中で、何人かの運動部の生徒とすれ違った。
そして薄暗い階段を下まで降りたところで昇降口のある右の廊下へ曲がろうとした時だった。
「わっ!」
――あっ!
誰かの声につられて私も声が出そうになったが、その前に身体がバランスを崩して床に倒れる。
廊下の反対側から来た人とぶつかったと気が付いたのは、その人が立ち上がって私の元へ来た時だった。
「ワリー、大丈夫か?」
「あ、平気です。ごめんなさい、急に飛び出し――」
顔を上げた瞬間、思わず言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
だって、まさかこんなところでこの人に会うなんて、思ってもみなかったから。
「俺も急いでたから、本当ゴメンな。怪我とかしてないか?」
久し振りに見る山本君は心配そうな目で私の顔を覗き込む。
いつも遠目に見ていた彼がこんなに近くにいるだなんて……。ますます恥ずかしくなった私はただ小さく頷いた。
すると私の顔を見ていた山本君が急に思い立ったように呟いたのだった。
「あれ……もしかしてこの前、野球部の練習見てた人?」
「えっ?」
これにはさすがの私も顔をあげた。この前って……思い当たるのはあの日、立ち止まって遠くから彼を眺めていた時のことぐらい。
人違いじゃないかと思った。あんなに遠くから、しかもたった数十秒だけ見ていた私のことを彼が覚えているわけない。
私が唖然としていると、山本君は慌てて頭をかいた。
「――あ、ごめんな変なこと聞いちゃって……やっぱ違うか」
そう言って彼は笑った。まるで太陽のように明るく爽やかに。
私はその輝きに見とれてしまった。おぼろげだった大好きな山本君の表情がハッキリと浮き上がってくる。
久し振りに見た彼の笑顔はひどく懐かしく、あたたかくて何だか泣きそうになった。
すると、じゃあなと言って彼はせわしなく立ち上がった。そうか、急いでるって言ってたもんね。
何か言わなきゃ、と思うもののこんな時ですら臆病の口からはなかなか言葉は出てこなかった。必死で身を奮い立たせる内にも彼はどんどん遠くへ歩いていく。
やがて、廊下の向こう側までいった彼はとうとう見えなくなってしまった。
「山本君……」
今になってようやく私は彼の名前を口にできた。
最大のチャンスに何にも伝えることが出来なかった。このことを友人たちに話したら怒られるだろうな。
「山本君……」
もう一度呟いた自分の声は涙が混ざっていた。
不甲斐ない自分と心に焼きついた彼の笑顔を思い浮かべると、涙が止まらなくなった。
その笑顔は遠かった
(いつになったら近づけるんだろう)
弥咲さまへ/一万打企画
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弥咲さま、リクエストどうもありがとうございました。そして書き直しも快くさせて下さってありがとうございました。
全然違う感じの話になってしまいましたが、切ない片思いを私なりに表現出来たんじゃないかと思います。自分なりに納得できました。
いつも弥咲さんには応援して頂いて本当に感謝しています。連載で行き詰まっていた時も小説に対して頂いた感想に本当に救われました。
これからもよろしくお願いします。私もリクエストさせて頂いた作品楽しみにしていますね。
ひな菊
2010/03/21