御礼夢

□すぐそこに、春
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春なんて来なきゃいいのに。
3月の末、誰もいない教室を目にすると私はいつも憂鬱な思いに駆られた。

どんなにたくさん思い出を詰めた教室も春が来れば全てがなくなってしまう。みんなで作った学級目標も、体育祭で勝ち取った賞状も、惜しむ暇もないくらい呆気なく学期末の大掃除で取り外された。
残った空の教室にはもう、かつての面影はこれっぽっちもない。なんにもないただの教室。
春とはまるでゲームのリセットボタンのようだと私は思った。


「私、進級したくないな」
「おいおい、いきなりどうしたんだよ 」


突然の私の曇った声に、そばで聞いていた山本が教室の窓を閉めながら苦笑いする。
今この空き教室と化した場所にたった二人でいる私たちは、このクラスの最後の日直を任されていた。
返事を返そうとして私は教卓に突っ伏した顔を上げる。まだ3月だというのに、窓の外は早くもピンク色に染まりつつあった。


「また新しいクラスで友達作り直すなんて、考えただけで疲れる」
「ハハハ、お前は昔っから引っ込み思案だもんな」
「うるさいな」


アンタも人の真剣な悩みを笑って返すあたり、昔っからちっとも変わってないよね。
まあそれに救われてきたことがないこともないけどさ。


「どうせ私は引っ込み思案ですよ。また今年も友達できなくて5月頃まで一人でいることになるんですよ」
「ハハッそれ毎年言ってるぜ?」


戸締りを済ませた山本はカバンを手に取ると私の肩を軽く叩いた。ああ、そうだね。こんな小さい悩みはアンタに話しても無駄だったね。忘れてたよ。
諦めた私は小さく頷き、半ば投げやりに立ち上がった。彼と同じくカバンを手に取る。もうこの教室に入ることも当分ないんだろうなあと考えながら振り向かずにその場を後にした。

山本と二人で昇降口を出た途端、春の生温かい風が耳を掠めた。この温度と匂い。憂鬱な気分が更に増す。
ふと足元を見ると既にピンクの花びらが数枚散らばっていた。


「今年はかなり早かったな、桜」


独り言のように呟く山本に続いて私も上を見上げる。桜は五分咲きといったところだろうか、来年度の始業式までにはきっと満開になっているだろう。


「また春が来たんだな」
「……そうだね」


できれば来てほしくなかったけど、と心の中で呟く。すると少し間があってから、山本の声とは思えないような霞んだ声が耳に入った。


「なあ」
「何?」
「俺達、来年もこうしてられるといいな」
「え」


何だか意味のありげな言葉に思わず彼に目をやった。
驚いて顔を向けると山本の横顔が、気のせいか心なしか寂しそうに見えた。丁度春の訪れを拒んでいる今の私のように。


「急にどうしたの?」
「いや、何となく……ただ、」


小さいけれどその声の念を押すような強い力に私は少し戸惑った。


「未来は何があっても不思議じゃないだろ?だから来年の俺たちがさ、今日みたいに笑って桜を見てたとしたらそれってすげー幸せなことなんじゃないかって思ってさ」

「――み、見れるよ」


この時遠くを見つめてた彼の瞳には、一体どんな未来が映っていたのだろうか。
いつもと違う山本に慌てた私は、少し上ずんだ声をあげた。


「見れるに決まってるよ。春は絶対に来るんだから。私も山本も、きっと来年の春も笑ってここに立ってるよ。」


何だか必死になり過ぎてしまった気がして、最後の方は笑ってごまかせば、山本も私の顔を見てやがて少し微笑み「そうだな」と呟いた。
その表情は安心したようにもみてとれた。もしかすると、彼も春の訪れを少なからず不安に感じていた一人だったのかもしれない。


「よかった」
「何が?」
「いや、俺もお前も明るく春が迎えられそうだからさ」
「何言ってんの、私はまだまだ不安でいっぱいだよ」


私はわざと不機嫌な顔をしてみたが、彼と眼が合った途端にそれも崩れてしまった。
フッと鼻で笑えば、彼は満足そうに頷いて空を仰ぐ。気持ち良さそうに気伸びをする彼の周りを、ピンクの花びらは舞うように降りていった。








すぐそこに、春




梅餅さまへ/一万打企画

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梅餅さま、リクエストありがとうございました!企画を開始した当初、梅餅さまから参加のメールを頂き思わず飛び上がって喜んでしまいました。
山本とほのぼの、ということで季節に合わせた話にしてみました。一応、未来編終了後の山本、というどうでもいい設定があります。何だか切ない雰囲気になってしまいましたが、ほのぼのなつもりです。
いつも梅餅さまの応援に元気をもらってます。こんなサイトですが、これからもよろしくおねがいしますね。

ひな菊

2010/03/11

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