御礼夢

□餞逢瀬
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初めていった君とのデートは……なんて歌が頭の中でふと流れた。その歌に描かれた初々しい二人の様子に「いつかこんなデートをしてみたい!」だなんて。幼い私は、いつか隣りで肩を並べるであろう未来の恋人の姿を目に浮かべていた。思い出すだけで痒くなってしまうくらい恥ずかしい、遠い日の記憶。
さて。どうしてそんな自分のマセガキ全盛期などを思い出したのかというと、こんな私にもついに、その長年の願い(?)が叶う日が来たからである。


「今週の日曜日?」
「喜べ。今まで構ってやれなかった分お前をもてなしてやる」


俺様直々のデートの誘いをまさか断るなんてことねぇだろうな、アーン?と、声高々に言ってのける我が彼氏。
氷帝学園男子テニス部が全国大会で敗退してから一週間。3年生は引退し、1、2年主動となったテニス部には最早3年生の居場所はなく、跡部君はこれまでよりも頻繁に私に構ってくるようになった。要するに暇なんだって。でもまぁ、私は高校受験の勉強もあるから暇じゃないんだけどね。
とか思いつつ、周りに星を散りばめながらキメてきた彼の誘いを断るなんて無粋なこともできるはずなく、私はコクリと頷く。素直な返事に気を良くしたらしい跡部君は、満更でもなさそうに微笑んだのだった。嬉しそう嬉しそう。


そんなわけで、海の見える公園でデートすることになりました。


思えば跡部君の試合観戦に行ったことは何度もあるけれど、デートで東京都内から出るのは初めてのことでもあり、ちょっとドキドキした。しかもいつものように景吾坊っちゃま全開の送迎付きデートかと思いきや、何の気まぐれか、今日は車どころか御供の執事すらおらず、一時間以上かけて電車で目的地まで出向いたのだ。跡部君が電車の吊り革につかまったり、人が降りて空いた席に腰かけたり、途中乗ってきたお婆さんに席を譲ったりする姿は、何だかもう……


「あぁ?何笑ってやがる」
「いや、思ったより一般人っぽいから」


いちいち全てがシュールで、真新しくて、妙におもしろかった。


それから夕方までご飯を食べたり海を眺めたり。初めての二人だけの遠出は、本当にフレッシュで爽やかなものだった。そもそも跡部君とデートすること自体が久々だったんだっけ。
けれど彼の俺様ワールドは相変わらずご健在のようだった。ランチタイムでお店が混雑していても顔パスで入れてもらえたし、買い物したいお店が混んでいたら、店長に言って貸し切りにしてくれた(さすがにこれは一般客に申し訳なかった)。それから海を眺める横顔の絵になることなること。「海と俺様」と題して写真を撮りまくっていたら、その気になってたくさんポーズしてくれた。
それからツーショットを撮った時、肩にかかった彼の腕が一回り逞しくなっていた。彼がこの夏、テニスに懸けてきた全てを垣間見た気がした。本当に頑張ったんだね。


「――おい、急に黙ってどうした」
「え?あ、ごめん」
「俺様の美貌に見とれたか」
「うーん、まぁそういうことにしといていいよ」


気が付いたら私はまた彼の腕を眺めてボンヤリしていた。跡部君は私の返事に「素直じゃねぇな」とちょっぴり不服そうに頬杖をつく。
「歩き疲れたからゆっくりしたい」という私の要望で、最後に行くことになったデートスポットは公園の近くにあった観覧車だった。

日の沈みかかった赤紫の海と、まるでその海のようにキラキラと輝く夜景を一度に堪能することができるだなんて。おまけに15分も二人っきりで座ってゆっくりできるなんて……観覧車ってこんなに万能だったのね。


「あーあ、いっぱい遊んだな。たまには電車で遠出も悪くないよね」
「次はお前の高校受験が終わったら、だな」
「そうだね」


そう頷きながら私は、来年ここから春の海を眺める私達の姿を想像してみた。その想像の中での私達は、何故か制服姿。跡部君は氷帝の高等部の制服で、私は都立高校の制服。全国大会で刈られてしまった跡部君の髪は……何故かそのままだった。


「ぷぷっ」
「あーん?何笑ってんだ」
「いや……跡部君って髪伸びるの早いなぁって思って。もう坊主というより短髪だもの」


ふと彼のツンとした髪に触れたくなって、私はそっと彼の向かいから隣りへと腰かけた。観覧車が微かに傾いて、私はバランスをとりながら跡部君の艶々な短い髪を撫でた。


「確か髪が早く伸びる人ってエロいんだよね」
「んな下品な言い方するな。俺様に備わってんのは気品漂う崇高なエロスだ」
「エロいことは認めるんだ」


自分でとんでもないことを言ってる認識はあるのかな?本当に、彼は何もかもが私の想像外だ。いつも私のちっぽけな想像力を軽々とブチ壊して、見たこともない世界へいざなってくれる。
だんだんと黒を彷彿させ始めた空をボンヤリと眺めていたら、なんだか今日が終わっていく姿を見ているようだった。居たたまれなくなった私は思わず跡部君の肩に頭を預ける。


「ねぇ」
「ん?」
「今日はありがとう。すっごく楽しかった」


目を閉じて彼に寄りかかったまま私はそっと右手を伸ばし、彼の左手に指を絡める。きっと瞼の向こうで驚いているであろう、彼の顔を想像すると頬が緩んだ。



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