短編

□孤独な部屋
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孤独な部屋。この部屋に名前をつけるとしたらそれが適当だろう。無地の壁と床に囲まれた質素な家具たちは、まるで世界から取り残されたように哀愁を漂わせる。
だがそんな殺伐とした部屋の中で私は今日、ひとりではなかった。

美味しそうな匂い。
この鍋がグツグツ煮たつような音はきっと綱吉のいる台所から聞こえてくるのだろう。
目が覚めたばかりの霞んだ視界を見つめながら私はゆっくりと寝がえりを打った。


「頭が痛い」


眉間にシワを寄せて精一杯フゥと溜め息を吐いてみるが、言葉通りの痛みなんてこれっぽっちもなかった。


「おまたせ。おじや作ったけど食べる?」
「ありがとう」


いつの間にか鍋を乗せたお盆を持った綱吉がそこに立っていた。
私は申し訳なさそうに返事をして、彼お手製のおじやを口にする。懐かしい。食べた途端に自然と呟いた言葉に綱吉が苦笑いした。


「それっておいしいってこと?」
「わかんない」
「わかんないって……そこは嘘でも頷こうよ」


でも本当にそう思ったんだから仕方ないじゃない。そう言い返してからちょっと後悔した。あーあ、私って本当可愛くない。
そんな風に困った顔でむくれる私を見て綱吉は口角を少し上げる。


「でも良かったよ。電話で声聞いた時は心配したけど、思ったより元気で安心した」
「え……」
「熱も下がったみたいだけど、これ食べたらまた寝るんだぞ?」
「綱吉、帰っちゃうの?」


スッと胸のあたりに不安の影が押し寄せた。立ち上がろうとする綱吉の手を反射的につかむ。思わず強い力を込めた手は小刻みに震えてた。
やだ、やだやだやだ。帰らないで。ここにいて。そんな言葉が喉の奥につっかえて今にも飛びだしそうだ。
いっそ全部吐き出せたらどんなに楽だろうに。きっと私が綱吉の彼女であったのなら言ってもおかしくないだろうけど。

私の目を見て心境を察したのか、綱吉は立てた膝を再び床に寝かす。そして行く手を阻む私の手に自身のもう片方の手をそっと添えた。


「――ごめんな。午後からの会議、獄寺君に任せて出てきちゃったんだ。きっともめてるだろうから早く戻らないと」
「そう、なんだ」
「早く風邪治せよ。そしたらまたみんなで会おうな」


「みんな」という言葉を聞いてますます手の力を強めた。「みんな」はやだ、「ふたり」がいい。
子供をあやすように私の手をゆっくり解きながら笑いかけてくる綱吉。惜しみつつも渋々離れる私の手。元気になってしまった自分の身体がものすごく恨めしい。

じゃあ、と言って立ち上がった彼は私に背を向けて部屋を立ち去った。暖かい色をした空間が瞬く間に鉛色の孤独な部屋に戻る。遠くの方でガチャッとドアのしまる音がした時には、もう私の目には何も見えていなかった。
見えるのは、そう。綱吉だけ。頭に浮かぶ大好きな彼の顔。それ以外は目に映す価値もない。


「……痛くなってよ」


私は打って変わった低い声で唸り頭をコツンと叩いた。痛みがじんわりと滲んで消える。


「痛くなってよ!病気になってよ!元気になんてならないでよ!」


そう言いながら頭を叩く度に痛みはリズミカルに伝う。ジン、ジン、ジン、ジン、何度叩いても私はムカつく程丈夫だ。
頭痛でも腹痛でも、麻疹でもインフルエンザでも何でもいい。「痛い」って言えば綱吉はきっと戻ってきてくれる。頼ってくる人を放っておけない人なんだから。
だからねえ、お願いよ。痛くなってよ。綱吉と会うにはこうするしかないのよ。






孤独な部屋



2010/01/16

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