恋をしたら

何を優先

したらいいのだろうか




椿おしろい雪化粧





「準太、今日は島崎さんの御座敷行かないの?」
「えっと、はい‥‥」
「‥‥。なんかあった?」


山さんは心配そうに顔を覗き込んだ。


「準太が島崎さんを好きなのはちゃんとわかってるよ?」
「‥‥約束、破ってしまった」
「約束?」
「ずっと一緒にいるなんて、無理なのに、騙したわけじゃないけど‥‥でもっ!」
「わかったから、泣くな。化粧が落ちるよ」



おしろいをつける時、自分の気持ちも隠すと決めた。
だから今日は慎吾さんの御座敷にはいかない。


行ったら、芸妓として駄目になる気がした。




違う客の御座敷で作り笑いしながら琴をひいた。
途中で弦が一本切れ、ビィーンと渇いた音が響いた。


「す、すみません‥‥」


顔をあげられなかった。
心を乱してミスをして、芸妓としてあってはいけないことだ。


「準太、ちょっと外の空気吸ってきな。」
「はい」


山さんが相当怒ってるのが声から感じられた。




何やってるんだろう‥‥


ずっと、この世界の頂点にと

ただそれだけの為に生きてきたのに――――


人が、こんなにも弱い生き物だったなんて、





「‥‥準太、」
「え‥‥?‥‥ッ!?」


声をかけたのは慎吾さん。俺の腕を掴んで引っ張り、どんどん廊下を歩いていく。
奥にある、いつも慎吾さんが使っていた茶室。乱暴に俺を部屋に押し込み、後ろ手で襖を締めた。


「‥‥何考えてんの?」
「‥‥」
「今日が約束の日だってわかってんだろ!?」


慎吾さんの声にビクッと体が震えた。

この人に恐怖を覚えたのは初めてだった。


「今更怖じけづいたの?誰かに何か言われたの?」


慎吾さんの問いに、ただ言葉を忘れたかのように首を降り続けた。

何を言葉にしていいのか、どうやって想いを使って伝えたらいいのか、俺はその術をしらない。


「俺とお前は0か100だと思っている。だからお前の為に三年間、何があってもここに来た。
お前はそんな俺を弄んだのか?」


グイッと顔を上げさせられ、目があった。

その時の慎吾さんは、今にも泣きそうだった。



「‥‥。この街は金魚鉢みたいだと思いません?
その金魚と遊ぶためにお客さんが外からやって来て、帰っていく。でも、金魚は鉢から出たら生きていけません。」


だって俺は、この街以外の生活をしらない。
ここで生きることしかできないと知っている。



だから‥‥




「ごめん、なさい‥‥」


一滴落ちた涙。それに唇を寄せ、慎吾さんも泣いた。


その時、グラリと視界が回って、俺は慎吾さんに押し倒される形になる。



「慎吾、さん?」
「ごめんな準太。それでも約束は守ってもらうから‥‥」


帯がするりととかれていく。


「え、嘘‥‥。やだ、慎吾さんッ!だめッ!」


抵抗しても勝てるわけがなく、徐々に肌があらわになってくる。
声はくちづけの中に飲まれて、触れられたところからゾクリと肌が粟立つ。


「や、だ‥‥許して‥‥」


そんな懇願が受け入れられるはずもなく、もう駄目だと思った瞬間、襖が開いた。




「‥‥何、やってんの?」



いつもより低い山さんの声が響いた。




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