指切りしたあの日

二人の未来は

決まってたんだ



浅き見し
いろはの



あれから幾日か過ぎた。
島崎さんは何故か毎日のように俺に会いに来ては琴を弾くように言った。


「島崎さんって暇人なんですね」
「‥‥。お前に口のきき方教えたのは誰?」
「山さんっすね」
「やっぱりな」


寒さが身に凍みる冬の夜。火鉢に炭を足しながらため息一つ。


「ため息つくと幸せ逃げてくぞ」
「ため息くらいで逃げてく幸せならいらない」


最近、寝ても覚めてもこの人が頭から離れない。
こんなの初めてだ。


「小さな幸せでも沢山持ってて損はないだろ」
「‥‥」
「‥‥でも、本当に欲しいものはなかなか手に入らないか」
「島崎さんでも手に入らないものなんてあったんだ」
「‥‥お前だよ」


後ろから抱きしめられ、持っていたお酒を落とす。
畳に零れたお酒が広がるのを見ながら拭かなければと頭の隅を過ぎるが体が動かない。


「な、に‥‥そんな、冗談」
「俺は本気だ」


いつもより低い声が耳の中で響く。
頭で警報がなる。これ以上近づくな、危険だ、と


「好きだ、準太」
「や、駄目!!!」


着物に手をかけた島崎さんを突き飛ばし、逃げようと向かった襖に手をかける。開ける前に島崎さん腕を掴まれた。


「ごめん‥‥」
「あ、‥いえ。‥‥こちらこそ、取り乱してすみません」
「でも、お前が好きなんだ」


視線がぶつかった瞬間、自分もそうだと言葉にしてその胸に飛び込んでいけたのなら、楽になれただろうか。


でも、俺にはできなかった。


「俺は芸妓です」
「?」
「芸妓が売るのは芸だけです。体も心も売れません」
「準太‥‥」
「ここは遊びの恋を売る街です。でも、遊びで恋はできません。本気の恋では溺れます。」


いつから俺は、こんなに作り笑いが上手くなったんだろう。


「ごめんなさい」
「‥‥どうしたら本気になってくれる」
「‥‥そうですね。‥‥三年、毎日俺を御座敷に呼んでくれたら考えてあげてもいいですよ」
「三年‥‥」
「ほら、無理でしょ?」
「いや、それで手をうつ」
「‥‥は?」


諦めさせるために出した無理難題を、この人は笑って受け入れた。


「でも、三年間少しも触れられないのはキツイな。‥‥こうしよう。一年通い続けたら準太を抱きしめる。二年で接吻。三年目は体を許してくれるんだろ?」
「なッ!?//誰がそんな‥‥ッ!」
「俺は三年も我慢するんだ。そのくらいいいだろ?」
「‥‥わかりました」


どうせすぐに飽きると思い、その条件を受け入れた。


「あとさ、島崎さんって呼ぶのやめて」
「じゃあなんて呼べば‥‥」
「慎吾って呼んで」
「慎吾、さん?」
「ん。」


名前を呼んだだけなのに、子供のように嬉しそうに彼が笑った。
その時胸が高鳴ったのは気のせいだと自分に言い聞かせた。


そして指切りで絡めた小指にそっとくちづけをして、二人の賭けが始まった。




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