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□近代的麻痺感覚社会
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『近代的麻痺感覚社会』

会社帰りの事だった。
すれちがった高校生らしき若者。
耳にはイヤホンをつけ音楽をきいている。

いたって普通のかわりない若者だが……

俺は彼の手に持っているものに愕然とした。

「き…君!!」

俺は思わずその若者に声をかけていた。
若者はふりかえり、不思議そうにこちらをみている。

声をかけてしまったのだ…
あとには引けない。

「そ、その手に持っているものは……人間の首じゃないか!!?」

俺は上擦った声をあげながら、若者の手にある、『ちぎりとられた首』を震える指で指差す。

生々しい血を首から流し、口からも大量の血液と唾液、目は完全に剥き出しの状態。
正直……昼間見たら、俺は卒倒していたに違いない。

「ちがうよ、おじさん。
『コレ』は最新機種のMP3とかiPodのたぐいだよ。
ほら、端子、ささってるでしょ?」

若者は手に持った彼とさして歳の変わらない首の左耳を指さす。

そこには若者の耳に装着されたイヤホンへとつながるコード端子がささっていた。

何が……どうなっているんだ!?
俺は体の底から沸き上がってくる畏怖感に吐き気を覚えた。

「そんな馬鹿な事があるわけない……。
君は殺人を犯し……」

首のみの若者の目とあって、口元をおさえた。
堪えられるものではない。

「殺人?これが??」

若者は軽くため息をついた。
そして呆れ顔で、こう説明しだしたのだ。

「やっぱり最近のおじさんは遅れてるね。
あのね、今の最新機種はね、まぁ誰のでもいいんだけど、気になった奴の首を『ショップ』で買った専用の鎌で、首を刈り取るのさ。
後は百均で売ってる普通のイヤホンでも、この左端子にさせば、そいつの生い立ちだとか、感情だとか、首を刈り取られる瞬間までの声を聞けるんだ。
あと…別売りになるんだけど『ショップ』に思考ゴーグルってのが売ってて、それを、このキリで開けた頭の入力端子にさすと、そいつが普段から何考えて生きてたかってのをバーチャルに覗けるんだ。
最新機種ってすごいよね〜」

若者の説明に、俺の頭はついていけなかった。
若者はクスクス笑っている。
極当たり前の世間事情を教えた事が楽しかったらしい。

「あ……。」

若者はふと、首からイヤホン端子を引き抜くと、その首をこっちに放り投げた。

ヒィっと、俺は短い悲鳴と尻餅をついた。

「最新機種ってさ〜……」

ヘタリこんだ俺に、真っ赤すぎる夕日をバックに若者は言った。

「寿命、短いんだよねー。
あ〜あ。また、親にたかって新しいのかわないとな〜」

そう言い去ると若者は軽い足取りで夕日の中へ消えていった。

あとに残されたのは、腰の抜けた俺と、若者がもっていた、軽く腐臭のする、首。

ギョロリと出た目とまた目があった。

「ぅ…ぁ……ああああああああああああああああ!!!!!」

俺は奇声をあげながら、その場から走りさった。

残された首は、近所の住人の通報で、年配の警察官がホウキとチリトリでかたずけ、ゴミ袋へといれた。
首の入った袋をみつめ、年配警察官はため息をついた。

「全く……
どこまで麻痺してくんだろうかね?
残虐に抵抗のない無感情な若者に、説教できない責任を知らない大人。
そんな社会を放置する国家。

これなら……まだ戦時中のが平和だったかもしれねーなぁ」

年配警察官は、ため息をついて夕日とは反対方向へ帰っていった。

End

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