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□明日また陽がのぼるなら
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部屋中に広がる優しい匂い。
扉を開けた瞬間香ってきた安心できるその香りにエドガーは今まで張りつめていた気持ちが軽くなるのを感じた。
「旦那さま!今リディア様は取り込み中ですので、外で待っておいてください。」
慌てて奥のソファーから走り出てきたケリーに押し返されるようにしてエドガーは扉まで戻ってきたが、奥から聞こえてきた甲高い泣き声にケリーの静止も聞かずにずんずんとその声のした方へと急いで向かう。
泣き声をあげているのは、かれこれ1ヶ月前に生まれた、息子の声だ。
ひどく機嫌が悪いらしく、抱えているリディアの腕の中でぐずっていた。
それを必死であやすリディアの服装を見て、やっぱり入ってきたのは間違いだった、と思う。
いつもの堅苦しい服ではなく、とっても緩やかで、今すぐにでも子供に母乳を与えれそうな…
「エ、エドガー…」
気まずそうに話しかけてきたリディアの顔はうつむいていてよく見えないが、とにかくその見えている肌が真っ赤に染まっている。
よくよく見てみると、まだ泣いている愛息の口元には、今まで飲んでいたであろうそれがついていて…。
あまり見慣れないその光景と、恥ずかしいそうにしているリディアを見て柄にもなく顔が熱くなるのを感じた。
「レイヴンさんは絶対に入って来ないでください!」
「ですがケリーさん、若君の泣き声がしてます。」
ドア付近で言い争っているケリーとレイヴンに今ごろのように気づいたエドガーは立ち上がって、レイヴンとケリーに出ていくように言う。
ここでもやはり優秀な侍女は絶対に嫌です!と言って出ていくのを拒否したが、レイヴンが無言でケリーの手を引っ張り、ケリーに叫ばれながらも一礼すると扉の外に出ていった。
これでやっとリディアとふたりきり…。
一生懸命リディアがあやすも、お腹が減っているのだから、満たさない限り泣き止まないであろう息子と、一向に出ていく気がない夫と、出ていってしまった侍女、どうやって愛息に母乳を与えればいいのかしら…。
と、八方塞がりにリディアは陥ってしまった。
これまで、エドガーがこの時間帯にリディアを訪ねてこなかったから、こんな状況になったことがなくて、ほとほとリディアは困り果てる。
だが、自分が恥ずかしいのと、息子がお腹を空かしているのと、どっちを優先すべきか何て決まっている。
なるべくエドガーの顔を見ずに緩やかな服の隙間から丸みを帯びて、少し張った膨らみをだし、愛息に与える。
途端泣き止んだ息子はんく、んく、と元気よく飲みだし始めた。
それをほっとするのと同時に目の前にいるエドガーをチラリと盗み見すると、一連の動作を見ていた。
こちらを凝視してくるエドガーにリディアはおずおずと話しかける。
「あの、エドガー…恥ずかしいからあまり見ないでちょうだい。」
目を見て言えるはずもなく、きっと紅くなっているだろう頬を隠しながら告げた。
「うん。」
返事はしたものの明らかに目を背けようとはせず、逆にさらに興味深そうに幸せな顔で飲んでいる愛息を見つめる。
こんなに何も言わないエドガーは始めてだ。
それについてはリディアはほっと息がつける。
だっていつもの調子で、恥ずかしい事言われても逃げ場なんかないし…。
だから、リディアもエドガーを気にせずに、息子に母乳を与えることだけに専念し始める。
慌てて飲んでいるからなのか、口の端から溢れているのを親指で拭いて、ペロッとなめた。
いつもこうしてみて思うけど、あんまり美味しくないわよね…。
リディアはそんなことを考えながら、ッちゅと吸うのをやめた息子にゲップをさせるべく、前を軽く閉じて頭がまだ座っていないから最新の注意をはらって、背中をトントンと叩こうとした。
「リディア、僕にやらせてくれ。」
手を出して息子が渡されるのを待つエドガーに、やったことあるのかしら、と思いつつ、そっと渡す。
慣れた手つきで受けとると、エドガーは首を押さえながらトントンと背中を叩いて息子がゲップをするのを手伝う。
手が空いた間にリディアは開けっ放しだった前のボタンを止めると同じぐらいのタイミングで、ッケフという声が聞こえていた。
「あらあら、今日は早いことするのね?」
エドガーの腕の中でふにゃふにゃとしながら眠りに入ろうとする我が子をみてリディアは嬉しそうに頬をつついた。
その頬の触り心地はまるで、焼きたてのパンのようにもっちりしている。
「エドガー、疲れてるのに手伝わしちゃって、ごめんね?」
もともと、勝手に入ってきたのはエドガーなのに、リディアは申し訳なさそうに上目遣いをする。
「いや、このくらいなんともないよ。それよりも…ねぇリディア…今度から僕もこの子に食事を与えるときに一緒にいてもいい?」
「っえ?」
今だってこんなに恥ずかしいのに、これからまだこういうことをするの?
リディアはまたも顔を赤くして、狼狽える。
「なんかさ、君がこの子に与えてる姿が、幸せの象徴のようで、みておきたいんだ。」
だめ?と首を傾けてくるエドガーに、だめなんてリディアは言えない。
「だ、だめじゃないんだけど…あんまり見られると恥ずかしいの…。」
最後になればなるほど消え入りそうな声でリディアは訴えるが、エドガーはそんなこと、といったように笑顔になった。
「僕は乳母に育てられたようなもんだからね…実の母親に育てられているこの子は幸せだよね。」
確かに、貴族は自分の手で子供を育てるなんて事をしない。
勉強も学ぶ分野におけるエキスパートに家庭教師をしてもらうし、実際親子の関係なんて希薄なのだ。
そんな中で育ってきたエドガーにとって、リディアが今こうやって自分の手で育てているのは、どうなのだろう。
「ねぇ、やっぱり乳母に育ててもらった方が貴族としてはいい?」
言いにくそうに切り出したリディアだったが、エドガーがリディアの言葉にハテナを浮かべるのをみてなぜか安心する。
「君が大変だったら、変わってもらった方がいいけど…でも、僕としては君がこの子に与えてるときが凄く幸せだってわかったから、リディアにやってほしいな。」
ほっと息をついたリディアの頭にエドガーからのキスが落とされる。
「見て、リディア。」
そっと腕のなかを覗いてみると息子がエドガーの指をギュッと握りながら寝ていた。
「可愛いわね。」
「そうだね。」
ひとしきり、我が子の寝ている姿を見た夫妻は、幸せそうにお互いの顔を見て微笑み、軽く口づけを交わすのだった。





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