黒い百合

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 助教授として責任を持って、変身術の教室及び周辺にトロールがいないか確認をしていた時だった。突然片足に激痛が走り、思わず声を漏らした。慌てて足を確認したが、其処には自分の白い足があるだけだ。触って確認するが、出血はおろか、腫れてもいない。ついでに呪いをかけられた形跡もない。しかし、確かに痛みはある。
 
 
 急に、嫌な予感がした。
 
 
 トロールが校内に侵入したからなどではない。強いて言うならば、此れは卒業してから闇の帝王が倒れて世間の情勢が安定するまでの数年間日々感じ続けていたあの嫌な感覚だ。
 
「    」
 
 音を伴わずに彼の名を口にする。感覚が定まらない。五感も四肢も自分自身の身体が此処にあるのかすらも解らない。ただ痛みだけが鈍く響いてくる。
 何処を見るともなく大きく辺りを見回したのは定まらない感覚の中で本能的に彼を探してのこと。何処、何処にいるの。セブルス。
 徐々に感覚が戻ってくる。足を動かせるようになったと同時に本能のままに走り出す。広い校内を暫く走って、食堂近くの女子トイレで彼を見付けた。足を止める。息が切れて肩で息をする。其処にいた子供と大人が走ってきた私を振り返った。ただ、誰がいるかまでは今の私には判別が出来なかった。誰か、多分お義母さんが私の名を呼んだような気はした。それには答えずに私は唯一確かに認識していた人の名を呼ぶために息を吸った。
 
「セブルス!」
 
 数年振りに、彼の名を呼んだ。彼の驚いている表情を見た。彼以外も、驚いているようだった。足音を立てながら、彼に歩み寄る。
 
「来て。」
 
 彼の腕を取って、私は踵を返した。引っ張っても動いてくれない彼を振り返る。
 
「来て。」
 
 強い口調で言えば、彼はゆっくりと歩き出した。
 また、お義母さんが私のことを呼んだような気がした。
 
 
―――………
 
 
 彼の自室まで彼を引っ張っていく。扉に着く直前に灰色の杖を取り出し無言で一振りする。解錠の音がして、ゆっくりと扉は開いた。
 入室すると彼をソファーに座らせた。
 
「足出して。」
「…何のことだ。」
「とぼけないで。」
 
 私は彼の薬品棚から適当な薬を数種類選び出しながら言った。
 
「足、怪我したでしょ。」
 
 座ったままの彼の前に戻ると、私は無言でズボンの裾を捲った。一瞬息を飲む。…酷い怪我だった。私は無言のまま応急処置を行った。彼も其れを無言で受け入れる。暫くすれば粗方の治療は済んだ。
 
「後でマダム・ポンフリーにちゃんと診てもらってね。」
 
 見上げて言えば、彼は視線を逸らした。
 
「セブルス?」
 
 一瞬びくりと彼の身体が反応した。
 
「…マダム・ポンフリーに、診てもらってね。」
「…時間が、出来たらな…。」
 
 繰り返して言えば、私を見ることなく彼は答えた。
 


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