黒い百合

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「マクゴナガル助教授。」
「はい、副校長。」
 
 副校長は公的な時間は律義に私のことを『助教授』と呼ぶ。其れに倣って私も『副校長』と呼んでいる訳だけれど。
 
「ロングボトムの補習をお願いします。」
「解りました。」
 
 授業が終わりわらわらと生徒達が教室を後にする中、ネビル・ロングボトムだけが一人ぽつんと席に残っている。私が近付けば、彼は一層俯いた。
 
「Mr.ロングボトム。」
「は、はい…。」
 
 呼び掛ければ消え入りそうな声が返ってきた。
 
「呪文の確認から始めましょうか。」
 
 努めて優しい声で語り掛ければ、俯きがちのままこくりと頷いてくれた。
 今日の課題は、最初の授業から行っているマッチ棒を針へと変えるというものだった。もう三回目の授業だったので、殆どの生徒が針又は限りなく針に近い針金程度には変身させられるようになっていた。そんな中で、ネビル・ロングボトムだけは良く出来てマッチの先が消えた小さな木の棒にしか変えることが出来ていなかった。
 私の声に続いてロングボトムは呪文を唱える。その後には杖の振り方の確認し、実践に移ったがなかなか上手くいかない。針金程度に変えられれば、ギリギリ補習としての合格点はあげられるのだけれど…。
 
「…先生…」
 
 補習開始から半刻程経った頃、ロングボトムが小さく私を呼んだ。
 
「どうしたました、ロングボトム。」
「…ごめんなさい。」
 
 突然の謝罪に私は不思議に思って、眼をぱちくりとさせた。
 
「こんなに丁寧に教えてくれているのに、僕、全然出来なくて…」
 
 本当に申し訳なさそうに、しょんぼりと言われた言葉。其の姿に昔の自分を思い出した。
 
「気にしないで下さい、此れが私の仕事ですから。」
「でも…」
 
 此の落ち込みようでは出来るものも出来なくなってしまう。
さて、どうしたものか。
 
「大丈夫よ、ネビル。」
 
 さっきまでの教授然としたものととは異なる口調とファーストネームを呼ばれたことに驚いたのか、ネビルは顔を弾かれたようにあげた。
 生徒と心の距離を近付ける一寸したテクニック。…お義母さんはあまり好まないけれど。
 
「今は私も人に物を教える立場だけれど、もともと成績は良くなかったのよ。」
「先生が?」
「そうよ。いつもミネルバ先生…貴方も知ってるミネルバ・マクゴナガル教授に頼ってたわ。」
 
 しかも私の場合は変身術だけでなく、ほぼ全ての科目で、だ。
 
「だからネビルも私達教職員を頼って良いのよ。」
「マクゴナガル先生…。」
「さっ、もう少し一緒に頑張りましょ。」
「…はいっ。」
 
 先刻より少し元気な声で返事をしてくれたネビルにほっとして補習を再開した。それから少しして、ネビルは無事に変身術の教室を後にすることが出来た。
 


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