Unshakable heart

□第四話
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キュノスに戻ったハクアたちは一先ずユークレスを彼の家へと連れ戻し、次に怯えるコハクを落ち着かせるために街の宿屋へ向かった。


「……すいません、部屋を二つ借りたいんですけど…」

「あいよ。二部屋だね。一部屋一泊で200ガルドだよ」

「…に……ひゃく…」


宿屋の主人の言葉にハクアは微かに頬を引きつらせながら自分の財布を開き、しばらく中を眺めて不意にシングたちの方を振り返った。


「……なぁ、割り勘にしない?」




* * * * *




案内された部屋に向かい、今も怯え続けるコハクをベッドにゆっくり座らせた。


「いやッ!…ここ、どこ?…怖いッ……怖いよぉ!」

「……大丈夫だ、コハク…。兄ちゃんがついてるから……な?」


怖がるコハクを宥めるようにヒスイが隣に座るが、それでも彼女が落ち着きを見せる様子はまだない。


「………」


コハクから少し離れた部屋の片隅で、シングはその様子を黙って見ていた。彼の表情はどこか暗い。
すると、その肩を不意に誰かがトン、と軽く叩いた。顔を向けると、ニンマリとした緩い笑みを浮かべたハクアと目があった。


「……コハクちゃんの事はヒスイに任せておいて、俺らは仲良く買い出しにでも行きますかねぇ」

「え………ちょっ!ハクア?!」


シングの服の襟元を掴んだハクアは、そのまま有無を言わさずにシングを引き摺るように部屋を出ていった。


「ちょっ……離してよハクア!自分で歩け………うわっ!?」


宿屋を出た途端、ハクアは掴んでいたシングの襟元を離した。その瞬間、シングの体はべしゃっと地面に突っ伏した。


「いってぇ……」


小さな呻き声と共にノロノロと体を起こしたシングは、目の前で薄く笑ったままのハクアを軽く睨んだ。


「……何だよ、急に…」

「……まぁ、そうおっかない顔で睨みなさんなって。だって仕方ないだろー?あのまま俺たちが部屋に居たらコハクちゃん、ずっと怯えっぱなしで落ち着かないっしょ?」


そう言って肩を竦めるハクアにシングはただ無言で顔をしかめる事しかできなかった。



「――――コハクが一番怖えのは、スピリアを壊したてめえに決まってんだろ!!」



―――ふと、先程ユークレスの家でヒスイに言われた言葉がシングの脳裏を過り、彼はおもむろに「…ねぇ、ハクア…」と口を開いた。


「……んー?何だい少年」


「どうしたら……どうしたら、コハクは俺を怖くないって分かってくれるかな」


シングの急な質問に、ハクアは少し困ったような表情で首の後ろを掻いた。


――――……こういう真面目な空気は苦手なんだけどなぁ…。


ハクアはしばらく視線を左右に泳がせ思案するが、すぐにその視線はシングに向けられた。


「…あー………とりあえず、俺の言いたい事は二つだけ、かな?」

「何?どんな事?」


食い付くシングに、ハクアは「まず一つめー」と緩い口調でそう言い、そのままゆっくり両手をシングの頬に添える。そして……―――


「いっ……イデデデデッ!!?」

「おぉ、すげぇ!意外と伸びる」


おもいっきりその頬を引っ張った。両頬に走る痛みにシングは慌ててハクアの手を振りほどき、赤くなった頬を押さえて大きく後ろに飛び退いた。


「な……何すんだよっ!」

「……まずは、その暗い顔をやめなって。いつまでも、んな顔してたら余計にコハクちゃんが怖がるっしょ?」


そう言ったハクアにシングはキョトンと目を丸くさせ、先ほど力いっぱい引っ張られた頬に指を這わせた。


「はい、次に二つめ。……そういう事は他人の意見じゃなくて、自分の頭で考えろって事。アンタが分からねぇ事を俺に聞かれても迷惑だっつの。つか、鬱陶しい…」

「……自分の頭、で…?」


小首を傾げながらシングが鸚鵡返しに呟くとハクアはニンマリと口元を吊り上げて笑い、頷いた。


「そ。自分の頭で、な。……いくらシングの頭が空っぽでも、考える事ぐらいは多少できるだろ?」

「空っぽって何だよ!空っぽって!!」


シングが少し声を荒くさせれば、ハクアは可笑しそうに肩を揺らして笑った。それにつられてシングも呆れたように小さく笑った。
一頻り笑った後、ハクアは空を仰いで「ふぅ…」と息を吐いた。


「……どうよ?少しは楽になったかい?」

「……うん、おかげさまで」


そう答えたシングにハクアはまた口元を吊り上げ「そいつは何より…」と返した。


「……んじゃ、俺は今から必要な道具を買い揃えてくるから、その間にゆっくりと考えてなよ」

「うん、そうするよ。……あ、ねぇ!ハクア!」


歩き出そうとしたハクアをシングが呼び止めると、彼は不思議そうな顔で振り返った。


「…ありがと。相談聞いてくれて」


その言葉にハクアは一瞬だけ面を食らったが、すぐにそれを誤魔化すように、いつものニンマリとした緩い笑みを浮かべた。


「……いやいや。“日々寧日”の後輩社員候補は大切にしておかないと、社長に怒られちまうからなぁ」


おどけるように肩を竦めて冗談混じりにそう言ったハクアは、再び踵を返して歩きだした。





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