忍たま

□桃色夢見が丘
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キラキラと、ひらひらと、ふわふわと。
舞い落ちる花びらは美しく、暖かい春の光は柔らかく夢の中にいるようで、そのあまりの美しさに思わず喜八郎は目を閉じた。
さわさわと、微かに喜八郎の耳元で音がする。優しく囁くようなその音は、心臓を直接羽で擽られているような、そんな心地がする音だった。
「喜八郎!」
背後で自分を呼ぶ声に振り向くと、苦手な朝をずいぶんと早くに起きてこさえた重箱の弁当を持っている愛しい彼が、見事な大木の桜が咲き誇る丘で手を振っている。
どうやら花見の場所が決まったらしい。
喜八郎は少し前に雑貨屋で買った可愛らしい柄のレジャーシートが入っているトートバッグを肩にかけなおし、彼の元へと駆け寄った。
「久々知先輩」
「喜八郎、人もいないしここで花見しようか」
優しく、ふわりと彼が笑う。
何時かの記憶が重なった気がした。
「…ん?どうしたの、喜八郎」
ぼうっと自分を見る喜八郎に対して何かあったのかと、兵助は彼の手を重箱を持っていない方の手で握った。低い体温はずっと変わることはなく、喜八郎は彼がそこに存在していることを改めて実感し、その手を握り返した。
「なんでもない、ですよ久々知先輩。…それより、シート敷きましょうか」
「あぁ」
彼がまた、優しくふわりと笑う。
桜が風に吹かれて甘く薫った気がした。

そもそも兵助と喜八郎の始まりは古く、辿れば室町時代まで遡った。忍者を育成する学舎で二人は出会い、儚くも美しく暖かい恋をした。
だが、とある事件によって二人は死という苦しく悲しい別れをすることとなった。
そしてそれから何百年という年月は過ぎ、二人はこの平成の世で再び出逢うことが出来たのだった。
その頃の記憶を持って生まれた二人は時々と言うには指が足りなくなるほどの頻度で互いを思い出していた。そんな二人にとって再び出逢い、また一緒に恋をすることが出来たのは当たり前のことであり、奇跡だった。
だからこそ、こうやって穏やかな時間に身を委ね、共にいられる日々は喜八郎にとっても兵助にとっても涙が滲むほどに幸せなことだった。
「…喜八郎、」
「はい?なんですか、久々知先輩」
二人で弁当を食べたあと、満腹なうえに心地良い春の陽気に喜八郎の膝枕でうとうとしていた兵助は、ふと彼の名を呼んだ。
「なぁ、幸せ?」
とろりとした、優しい熱を孕んだ彼の黒い瞳を見つめ返し、喜八郎は込み上げてくる涙を我慢することもなくぽろぽろ零し、にこりと笑った。
「涙が出るくらい、幸せです」
兵助はその答えと涙に一瞬きょとりとしたものの、すぐに「俺もだ」と喜八郎と同じような笑みを浮かべて彼の涙を拭った。
「愛しているよ、喜八郎」
「僕も…愛しています、兵助さん」
桃色に染まる丘で、古からの恋人たちが夢を見る。
春のように暖かく、この丘の桜のように美しい夢を。



桃色夢見が丘

(今度は何があっても)(貴方のお傍にいます)





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企画サイト「春立つ」様に提出させていただきました。
楽しかったです、ありがとうございました!
広がれ、久々綾の輪!!←

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