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□こんな私にできること
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私はなぜここにいるんだろう



ああそうか





私はここの地に縛られたのだ

この手がすりむけるまで
何度も縄を切ろうとしたが
無理だった


きっと私はこれからもこの地から出られないのだろう





晴れた空の下
私はただぼうっと繋がれた蔵の前に座っている








「出てけ!」





大きな物音と声が響いた


した方を見ると
中年くらいの男と少年がいた



少年は地面に突き飛ばされたらしく、すりむいた口元をおさえながらゆっくりと起き上がった
中年くらいの男が悪態をついてふすまを閉めた









これが初めてではない
この光景は何度か見てきた


どうやら少年は嘘をつくらしい
そうして周囲の人間たちから嫌われているのだ




なんと哀れな
そんなに嘘などつく意味があるのか







ぼうっとその少年を見つめているとふと目が合った気がした

そんなはずはない
私は妖怪なのだから…







しかし少年は紛れもなく私の方を見ていた
その瞳は年相応のものではなかった





ー冷たい視線だ…


「私が見えるのか」



見つめあってもきりがないので話しかけてみることにした






「…変なお面」




少年は呟いた
やはり私が見えていたのか








私はゆっくりと起き上がり、縄を地面にこすらせながら少年に近づいた

ザッ…ザッ…と砂埃が舞う







少年の目の前まで来て、上から少年をみつめる

少年は下から見上げるように私を見つめる




「人の子…‘私達’が見えるんだね?」



だからいつもいつも嘘つきなどと呼ばれていたのか






「ほっといてくれ…いつものことだよ」



「可愛くない餓鬼だ」



「なっ……!」







しゃがんで少年の目線に合わせて頭をゆっくりなでてみた




「…なにすんだ」



「まったく酷い怪我だ、痛いかい?」



「もう慣れた…お前こそ、その手」



少年が赤くなった私の手を見つめる




「…包帯巻く?」



少年が私の手をとる

温かい小さな手
なんてか弱い…






「……お前は嘘つきなんかじゃないよ」



「え?」



「お前はただの優しい子供だよ」




丸い目が私を見つめる



「…………ぼく、嘘ついてない」



「…ああ」



「ぼくは変じゃない」

「…ああ」



「……ぼく、ぼくは」






あとからあとから溢れ出す少年の涙


良かった
まだ泣くことができるんだね

まだ自分を信じる事ができてるんだね



本当の絶望に涙なんか出てきやしないんだ






「お前はいい子だよ、だから自分を信じておやり。お前は普通の人間の子供なのだから」




口元を泥と血で汚して
服には土がついていて
体中には青い痣が点々とある


心が痛んだ


この地に縛られ途方にくれていた自分にも
こんな感情を持つことが出来たのか…






けれども私は人間じゃない

お前とは違う、異形なのだ



私が人間ならば
今すぐにでもお前をこの場所から出すだろう






ああ……
優しい人の子よ


お前は私と一緒だなあ



この地に縛られ、自由になろうともがくが
もがいても
もがいても

離れられないのだから










「ぐす、ねえ…お前はどうしてぼくなんかにかまうの?」



眼を真っ赤に腫らして言う少年に
できるだけ私は優しく言った




「お前と私は同じだと思ったからだよ…」



「同じ…?」



「しかしお前は優しい…そこだけが異なるが」



そう呟く私の面に少年が触れた



「お前も優しいじゃないか、…ぼく、‘同じ’だなんて言われたの初めてだ」



「………………」





涙で濡れた睫を日光できらきらさせながら笑う少年を見て

私は言葉が出てこなかった






「そっか…ぼくと同じものはあるんだね…良かった…やっぱりぼくはおかしくなんかないんだ」





こんなに

こんなに
優しい表情をする子が

なぜ悪態をつかれなきゃいけないんだ

なぜこんなにも体中を怪我させなきゃいけないんだ…





私は…なんて、無力なのだろう………




人の子ひとり、



守れないなんて…









「そうだ、あのさ…これからもぼくとおしゃべりしてくれる?」



「…あの男に見られたらまた悪態をつかれるぞ」



「そうだけど…ぼく、お前と話がしたいんだ…なぜかな、お前と話してると死んでしまった母さんを思い出す」



「…私が怖くないのか」



「怖くなんかないよ、お前はいい妖怪だから」






そう笑顔で言った少年の言葉は
長年ひとりぼっちだった私の心を救ってくれた


私にできることがあるとすれば、
あの子の話を聞いて、頭をなでてあげることか


それであの子が笑顔でいられるのなら

私はこの地に縛られたままでもいいかもしれない







長年ひとりぼっちだった
これからもそうだと思っていたが



どうやら長生きはするもんだな



こんな幸せな気持ちになれる日が来るなんて




















君に逢えた
だから
生きてて良かった










(それははじまり、逢い、そして愛)

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