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□真夜中に朝日が上る
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金曜日。


ミラノのとあるバールにて、私の二つ離れた席に一人の男が座り、グラスを傾けている。
薄暗く紫煙が煙る店内では交わされる声も途切れることはなく、人々が談笑、もしくはグラスの氷がからりと立てる透明な音しか聞こえない。


その中でも一際目立つ、カウンターに腰掛けている彼はどう見ても地元の人間ではない。
顔立ちは完全な東洋系のもので、髪は漆黒。目鼻立ちはすっきりと整っているけれど、その顎には特徴的な傷がある。普段の日常生活でついたとは思えないそれに手で触れながら、先程からしきりと壁の時計を気にしている。



(待ち合わせ、かしら)



そう考えて、今の自分の状況にため息を吐き出す。
今日がまさかこんなブルーな日になるなんて。


そんな私の思考を読んだかのように、二つ隣の彼の唇が動いた。





「…マスター、スコッチもう一杯ちょーだい。」


「結構飲んでるだろう?今日はもう止めといたほうがいいんじゃないのかい?」


「いーの!今は飲みたい気分なんだよ。」


「まったく…、連れの人に怒られても知らないよ?」


「……あいつが悪ぃんだ。」



思ったよりも随分と流暢なイタリアーノでそう呟いた青年の表情は、彼の心情が誰が見ても分かるものだった。
ぼんやりと、彼は幸せなんだな、と思った。
眉を下げて拗ねたような瞳の奥、そこには来たる人への感情がありありと見えたから。


ちょっとだけ彼に興味が沸いていた私は、少しだけ、がっかりした。(もしかしたら、今夜だけでもエスコートしてくれるんじゃないかって思って。)


そんなことを考えていたら、突然、彼から話し掛けてきた。




「おねーさんも一人っすか?」


「…ええ、一人。こんな日に一人だなんてね。笑っても良いのよ?」


「笑うなんてまさか!でも、あんたみたいな美人をほっとくやつの気がしれねーなー。」


「口下手ね。そんなに気を使わないでよ、余計惨めじゃない。」


「え!そんなつもりじゃなかったんだけどな…」


「ふふっ、冗談よ。」


「…おねーさんやり手だなー」




どこか悔しそうに聞こえる彼の口調に、思わず笑ってしまった。
さっきまでの落ち込んでいた気分も、何となく晴れてしまったよう。(こういう感覚は、とても久しぶり。)




「あなたの名前、タケシっていうの?」


「ん、そーですよ。…もしかして、マスターと話してたの聞こえました?」


「聞こえてたわ。飲み過ぎには注意しなきゃだめよ?」


「アハハ、分かってますって。」



そう言ったタケシの吐息はとてもアルコールの匂いがして、全く説得力がなかった。




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