COSMOS

□リフレイン
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「・・・・・・アテナ」

呼び声にビクリと肩が跳ね、呼び名に心臓が冷えた。

「貴女はオリュンポスの一柱である女神。人の肉体を持って生まれたとはいえ、その魂には戦女神としての力と意思が刻み込まれている。そして、私は射手座の黄金聖闘士。女神に仕えるべくして生まれた戦士の一人です。冥闘士が復活し、ハーデスの力の片鱗を感じ、聖戦の訪れに備え始めた我らに、もう個人の情を持つ事は許されません」

返される答えは予想していた。
しかし、実際に声に出されると・・・・・・、神と人の壁、それはなんと大きく阻む物であろうか。
同意をし、忘れてくれと告げたいのに、小刻みに震える咽は何かが痞えてしまったように、声を通すどころか息さえ苦しくさせた。

「シ・・・」

やっとの思いで搾り出した声で名を呼ぼうとした、それより一瞬早く、シジフォスが口を開く。

「ですが、サーシャ」

つい反射的に顔を上げると、伏せられていた目は穏やかな視線をサーシャに注ぎ、声は暖かな日差しの如く、そして何より、彼女の大好きな微笑みがそこにはあった。

「聖戦が終わって、平和の世が訪れたなら・・・。戦女神の存在が不要となる時が来たならば・・・。その時は、アテナの射手座としてではなく、ただのシジフォスとして向き合う男に対し、もう一度、同じ言葉をいただけますか?」

息を呑み、両目を見開くしか出来ないサーシャの左手を取って、薬指に細い指輪を嵌め込んだ。
残された右手で口元を覆う彼女の目には、今にも零れんばかりの涙が滲む。

「サーシャ。私も、心からあなたを愛しています。これは約束の指輪・・・。今は緩いけれど、いずれ訪れる未来で、成長したあなたの指にこれがピッタリ嵌る頃、今度はきちんとした誓いの指輪を贈れるように、願いと覚悟を込めて」

引き寄せた手に輝く銀環に口付ける。
途端に、ポンッと音を立てて夕日よりも赤く頬を染め上げるサーシャに笑いを零した。
喜びと驚きでいっぱいいっぱいのサーシャは、指輪を目線の高さに翳して様々な角度に手を動かし、それから嬉しそうに、嬉しそうに、胸元へ抱き込んだ。

「ありがとうシジフォス!いつも持ち歩くわ!夜は必ず嵌めて寝る!ね、シジフォス。あなたの指輪は無いの?」
「ありますよ。ほら、ここに」

掌に乗せて差し出された指輪を取り、握り込むと、サーシャは胸に抱いて微笑んだ。

「私も願うわ。少しでも早く、世に平安が訪れますように。あなただけを見つめていられる時間が、少しでも多くなりますように」

求めて差し出されたシジフォスの左手へ、自分と同様に指輪を嵌める。
いつも何気なく掴む手の大きさと力強さを改めて感じ、サーシャの小さな心臓は更に早まった鼓動に力負けしてしまいそうなほどだった。

互いに手を取り、見詰め合う二人の時間を、しかし暗闇が邪魔する。

「もう戻らなければ」
「そうね。これでまた私たちは一人の女神と一人の戦士に戻ってしまう。でも、前とは違うわ。今の私たちには、待つべき未来が出来た。それならば一時を耐え忍ぶくらいは容易い・・・そうでしょう?」
「ええ。その時間を短くする為の努力を、精一杯致します」
「私も頑張るわ。何があっても絶対に負けないって、約束する!」

誓いの堅さを体現してきつく握り合った手が解かれる。
ボートは闇に向かう空を背景に、岸辺へと戻って行った。
到着した船を降り、小屋の戸をくぐる。

「お帰りなさい。どうだったかしら?」
「とても楽しかったわ。夕陽が凄く綺麗だった!」
「そう!それは良かったわ。また来てちょうだいね」

サーシャと握手を交わした後、女主人はシジフォスへと目を向けた。

「お兄さんも、またいらして下さいな。本当に可愛い妹さんだこと。大事になさってね」
「ああ、勿論大切にするさ。ただ一つ・・・」

行こう、と視線で促していたサーシャの膝裏に手を差し込み、腕に座らせる形で突如抱き上げた。

「きゃあっ!?」

女主人に向けられた、それは今まで見た事も無い、イタズラっこのような笑顔で。

「この方は俺の未来の妻だ。勘違いをしてもらっては困るな」
「シ、シジフォス!?」

両手で口を覆って驚く主人を背に、二人は小屋を出るのだった。

「・・・も、もう・・・!シジフォスったら、あんな事言っちゃって・・・」
「すみません。だけど、兄妹呼ばわりされたのが、初めからずっと気になっていたもので、つい」

ボートに乗る前の会話は、彼の耳にも届いていたらしい。
自分が落ち込んでいた理由を悟られていた事を知り、今更恥ずかしくなったサーシャは、照れ隠しにシジフォスの首へ回した腕に、ぎゅっと力を込めた。






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