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□酒盛・半刻
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攻児がその事を知ったのは、朱雀の巫女・美朱がこの世界を去ってずいぶん後だった。

幻狼が山に戻り二人が再会したのは戦が終わって半年後だったのだが、感動の再会もつかの間、とある出来事の為に再び幻狼は山を出て行ってしまったのだ。
それからまた暫くして、ようやく戻って来た幻狼に一体どこで何をやっていたと聞けば、七星士の仲間である井宿と姉妹の雑技団で曲芸師の真似事をしていたという。

あの姉妹が俺ら挟んで剣投げおうたりなあ、あと俺が火ィ出したり井宿が消えただけで皆ワーワー大喜びすんねんで!と、その時の話をする幻狼がやたら楽しそうだったので、攻児も軽い気持ちで冗談を言ったのだ。
「お前好きやったんちゃうか?さみしないか?」
攻児が言ったのは曲芸師の妹の事だったのだが、それを聞いた幻狼が咄嗟に叫んだ台詞は。
「誰が好きやっあないな男!」
その瞬間、窓が開いてない筈の部屋にさぁっと冷たい風が吹いた。
すぐに冗談だと言えればよかったのだが、そのとんでもない台詞を叫んだ本人の顔にはもう既に「しまった」という文字が書いてある。極悪そうな顔とは裏腹に、嘘がつけない性格なのだ。

「……は?普通好きか言うたら、娘の方て思うやろ。……幻狼、お前まさか……」
青ざめた攻児が胸元の布をささっとかき合わせる。
冗談だか本気だか分からないが、親友に警戒されてしまった幻狼は必死に弁明を始めた。

俺は女は好かんし、勿論男も好かん。せやからなんでか知らん。
会うたんびに俺のことガキみたいに扱いくさりよるけどな。……まあ、比べたら確かにガキやけどな。あいつは術も凄いし、言うことも一々賢そうやし。
でも惚れてもうたんや。好きなんはしゃあないやろ、俺かて泣きたいわ。

一生懸命に説明するその様子を見て、攻児は溜息を吐くと胸の布地から手を離した。
「なんや。好きや言うても、先代みたいに男惚れしとるっちゅうことか」
少し安心したような攻児に、幻狼は俯いてふるふると首を横に振る。
「ちゃう。好きなんや」
ちゃう、と言う幻狼に同じように首を振り、ちゃうと返す。
「男惚れや。お前、あのにこにこ狐のぼんさんに何かしたいと思うか?好きやったら口付けたいとか、抱きたいとか、やらしい事とか思う筈やろ。」
まあ仕方ないわ、丁度こういうの間違えやすい年頃やってな、と攻児が年上らしく笑って見せたが、その言葉に幻狼の表情は一層曇った。

「もう抱いてもうた」
「は?何を」
「せやから、その。狐の」
再び、部屋に冷たい風が吹いた。

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