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□花梨酒
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しばらくすると、出掛けと同じように騒がしい音を立てて翼宿が戻って来た。

その右手に握られているのは酒徳利。酒盛りでも始めるのかと眉を潜めかけたが、ふと爽やかな香りがする事に気付く。ああなるほど、花梨か。これならこの喉も治るかもしれない。
「そや。花梨酒や。めっちゃよう効くて攻児が言うとったの思い出してな」
まだ片付けられていなかった膳から茶碗を取った翼宿は、残っていた茶を一気に飲み干し代わりに花梨酒を注ぎ始めた。
「ほら、飲んでみい」
「ん……いただきますのだ」
風邪だったら移ると咎めようとしたが、そんな暇もなく茶碗を鼻先にずいっと向けられた。
受け取り、舌で少し舐める。飲み込むとじわりと喉に温もりが広がる。癒されていく感覚が気持ちいい。
「な、これいけるやろ」
翼宿の言う通りこれは美味しい。頷いて茶碗の酒を半分ほど飲めば、翼宿が上からまた注いでくれた。
強くないので普段酒はやらないのだが、これならいくらでもいけそうだと再び満たされた茶碗を傾ける。
翼宿も翼宿で、相手が良い反応を返してくれたことに上機嫌になり、にこにこ笑いながら一緒になって徳利に口を付け始めた。

甘いからきつく感じないだけで、実の所普通の酒よりよっぽど濃い"山賊特製手作り花梨酒"。
飲んでは注がれを繰り返し、気がつけば酒徳利の中身は殆ど無くなっていた。

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