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□花梨酒
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嘘をついても声を聞けば一発だろうから、素直に症状を訴える。
「喉が」
「なんや、喉痛いんか、風邪か?」
わからないといった風に首を傾げる井宿に焦れ、翼宿は額に手を充てた。
「熱はあらへんけど…ほら、ぼけーっとしとらんと!軫宿んトコ行くで」
腕を引いて行こうとしたが、しかしその手は拒まれる。
「軫宿に迷惑かけられないのだ」
それに、あんまり何でも治してもらうと身体が自分で治癒しなくなってしまうから。この程度なら寝てたら治るのだ。そう言った声はやはり掠れたままだ。
仲間達には細かく気を回すが、そのくせ己は如何様にもぞんざいに扱うこの男に、翼宿は呆れたように溜息をついた。

しばらくどうしようかと井宿の顔を見ていた翼宿だったが、ふと何か思い出したのだろう、片眉を上げてニッと笑った。
「そや!ええもんあったわ。取ってくるからな、大人しゅうしとけよ」
「オイラ、翼宿みたいに暴れたりしないのだ」
やかましいわ!と笑い混じりに返し部屋を出る。
バタバタと喧しい足音が遠ざかって行った。
翼宿は一体何を持って来るんだろう。沈んでいた気持ちが、少しだけ浮上した。


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