文字

□とあるひ
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「なあ、それ」
翼宿の言葉に井宿は振り返り、首を傾げた。
「だ?」
「それ、釣れるんか?」

宮廷の隅にぽつんとある池。井宿はよくここで釣りをしている。綺麗に整えられてはいるが、魚がいるかどうかも怪しい小さな池だ。
翼宿は水面を、続いて井宿の顔を覗き見る。
井宿の顔につけられた面は相変わらずの笑顔だった。やわらかな陽射しが二人の背中をゆっくりと暖めてゆく。
「前、美朱ちゃんにも聞かれたのだ」
「……さよか。で、魚はおるんか」
「さあ?この前はいたけれど……」
「なら釣れるちゅうこっちゃな」

風がそよいで水面と井宿の髪が揺れる。風が通り過ぎた後はまた、さっきと変わらない光景だ。ここだけ時間の流れが遅いみたいだなと翼宿は思う。

「いても釣れるとは限らないのだ」
「まあ……そらなあ」
会話が止まった。
何か喋らないと気まずいような気もしたが、あまりに長閑な空気にどうでも良くなり、ついには井宿の横に寝転んでしまった。

程よい温もりと静けさに、次第に眠気がやってくる。

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