ミステリアスパニック!
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今日はとても疲れた一日だった…。
朝から寝起きの悪いイヴをたたき起こし、出社したかと思うと昼にロックマンからイヴが暴走した列車に乗っていて危険だというメールを受け取り、慌てて仕事を抜けてネット警察にかけつけ、今度はイヴがネットセイバーになりたいだの言い出して…。
(俺はどうしてこんなに苦労してるんだ。くそ、全部イヴのせいな気がする…)
洗面台からリビングに戻ってきたイヴは、仕事で疲れてソファに座ってくつろいでいる俺を発見するなり腹が減ったと笑顔で言い寄ってきた。
「炎山隊長!今日の晩ご飯は何でありますか?」
(…隊長って何だ、隊長って)
「今日は時間もそこまで遅くないから、家で作るなら今からスーパーにでも行けるが…。お前が外食で良いのならそれでも構わない」
「隊長!イヴ隊員のお昼ご飯はカレーでありました!なので、カレーは嫌であります!」
「どうでもいいが外食か家で食べるのかどっちか決めてくれないか」
今日は色々あって疲れているんだ。多少はいたわってほしい。
「ぶー、炎山冷たい!…そうだねー……。私、炎山と一緒に料理したいな!」
にっこり笑って言うイヴ。
「お前……料理出来るのか……?」
「ちょっと、何よそれ。私あっちの世界じゃレプリロイドだらけの中でたった一人の人間だったんだから、自分の身の回りの事くらいはちゃーんと出来るよ!」
ああ、そういえばそうだったな。なら、人並みの腕は期待して良いかもしれない。
そうと決まれば。
「スーパーに行くか。」
「やったー、おでかけだ!ねえねえ、どこ行くの?」
「だからスーパーだ」
「スーパー………えっと、確か…食べ物を売ってるところだよね?」
おそらく真辺さんにでも聞いたんだろう。そうだ、と肯定してやるとやたらと喜んだ。全く単純な奴だ。
夜7時のスーパーは、予想以上に人が混んでいた。スーツ姿のサラリーマンやOLが目立つ。きっと、仕事帰りなのだろう。
俺は率先して買い物かごを持ってくれたイヴに少し感謝しつつスーパー内を歩く。いたる所から商品の宣伝やセールの情報などが音声で、またはチラシで伝わってくる。
「ねえ炎山、何たべるー?」
キョロキョロ辺りを見回しながら言ってくるイヴ。何を食べるかと聞かれても、即答できるものではない。少し悩んで次のように言う。
「別に何でも良いが…イヴ、お前こそ何か食べたいものは無いのか?」
「えー、ぜんぜん考えてなかったー」
(コイツは……。)
いつも腹が減った腹が減ったとうるさい割には、具体的に何が食べたいのか自分でも把握していないようだ。
(それにしても元気なやつだ)
今日なんてミッションをこなしてきたのだから疲れていて当然のはずなのに、全く疲れを見せない。どれだけタフなんだコイツは。
「スーパーって楽しいねー!私、こんなとこ初めて!」
「お前の居た世界には、こうやって食料を大量に並べている店が無かったのか?」
くるくると回りながらスーパーの中を進み、見たことの無いのであろう食料に出会うと10秒くらい凝視して1ミリたりとも動かないイヴに問う。
「食料を売る店はあったけど…こんなに夜中まで明るくなかったし、もっとちっちゃいお店だった。しかもね、ハンターベースからかなり遠い場所に行かないと無かったんだよー、だから食料尽きた時は私死にそうだった!」
結構デンジャラスな生活送ってたんだな…。まあテリトリー内に人間がたった一人だったんだから、このくらいの不便は当然だったのかもしれんが。
「…あれ。結局何もかごに入れてないままスーパー一周しちゃったよ?」
本当だ。気付けば俺たちは出入り口の方まで来てしまっていた。これはまずい、良い加減に買うものを決めなければ。
「ねえねえ炎山、あれなに!?」
ふと、イヴが目を輝かせて、とある方向を指さした。
「あれは…かしわもちだな。」
「かしわもち?」
「ああ。簡単に説明すると、ニホンで5月に食べる習慣がある食べ物だ」
「へえ〜」
その大量にかしわもちの積まれている売り場に近寄って、きらきらと目を輝かせて眺めるイヴ。
「かしわもち……かしわもち……!」
何故、こんなに興味を持ったのだろう。と俺が疑念を抱くほどイヴはかしわもちに釘付けだった。
「食べたいのか?」
俺が後ろからそう声をかけると、イヴは黒髪を揺らしてこちらを振り返り、こくりこくりと頷いた。
「だってだって、初めて見たけど、こんなにコンパクトで葉っぱにくるまれてて可愛くて美味しそうで…!」
「夕食がかしわもちか…まあ良い。食いたい分だけ買い物かごに入れろイヴ」
「うん!!」
嬉しそうに頷き、プラスチックケースに入れられたかしわもちを、はぁ〜とため息をつきながらるんるんと買い物かごに投入していく。
本当に、コイツのやる事は予測がつかない。
(…まあ、嫌いじゃないがな。)
「わー!いっただっきまーす!」
家に帰り、食卓にかしわもちを並べて手を合わせるイヴ。
ちなみに、夕食がかしわもちだけというのはいかがなものだろうかという俺の意見で、かしわもちの横にはいくつかの惣菜が並んでいる。
「ねえ炎山、この葉っぱも食べるのー?」
「いや、俺はもちのみを食べるが」
「そっかー。じゃあ私も、葉っぱは除けて食べる!」
というか、あの葉っぱは食べられるのだろうか。いや、きっと食べられるのだろう。ただ一般的には食べるものでは無いと思う。
イヴが一口、かしわもちを食べる。そしてその小さな口で、もぐもぐと咀嚼する。その様子はさながら小動物のようだった。
「もぐもぐもぐ……!」
「どうだ? 美味いのか?」
「…ごっくん。うんっ、美味しい!甘くて噛みごたえがあって、すごく美味しいよー!」
笑顔で頬を紅潮させながら感想を述べるイヴ。それは良かった。あれだけ食べたい食べたいと言っておいて、もし不味いと言い出したらどうしようかと思っていたところだったからな。
「ほら、炎山もかしわもち食べなよー!」
「あ、ああ。それにしても大量に買い込んだな…。」
食卓を埋め尽くすほどでは無いが、かなりの量のかしわもちの入ったプラスチックケース。
葉っぱをめくりながら、イヴが言う。
「でもこれすごく美味しいよー。あっちの世界じゃ絶対食べらんないよね、かしわもち。」
「まあ、文化が違うからな。」
「だからね、今のうちにたっくさん食べとくの!だって、いつかあっちの世界に帰れる時に後悔しちゃうもん。」
(…コイツは、まだ希望を捨てていないのか)
こんな異世界にとばされたくせに、全くと言って良い程怖じ気づいていない。むしろ、天真爛漫としている。
「……お前は、元の世界に帰れなくなったらどうする、とか…考えたことは無いのか?」
イヴのいつもの行動が明るすぎて、少し心配になった俺は尋ねてみた。
異世界に飛ばされる。誰だって、怖いはずだ。なのに、どうしてお前は…そんなにも元気で居られるんだ。
「…そうだねー……。」
イヴは手に持ったかしわもちをじっと見つめながら答える。
「…でもさ、もし帰れなくなっちゃっても、私が元気でいないと…エックスたちがきっと心配するから。」
「………。」
「それにね、沈んでちゃ解決することも解決しない気がして。
…あとね、思ったよりも人間が良いものかもしれない、って思えたから。」
「そういえば以前、人間が嫌いだと言っていたな。確か、自分を捨てたからだと…。」
「うん。エックスに拾ってもらった後は、ずーっとレプリロイドだらけの中で育ったし。そりゃたまにはシティに出て人間を見る事もあったよ。
でも、人間は…冷たかった。いっぱい、ひどいこと言われたよ。」
イヴの傷ついたような表情を見て、心が痛くなる。
「だから人間と仲良くなりたいなんて、思ったこともなかった」
かしわもちを再びかじり、咀嚼して飲み込んでから再び口を開いたイヴ。
「でもこっちの世界の人間はみんな優しい。あったかい。」
二個目のかしわもちに手を出しながら、俺の方を見るイヴ。
「だから私は、明るく居られるの。」
(…なるほど、な。)
コイツが明るく居られる理由は、今までの人間に対する価値観が良い意味で壊されたおかげか。その思いもしなかった人間の優しさに触れて、安心して生きていけるようになったのか。
「もちろん炎山にも感謝してるよ。こうやって屋根があって寝るところがあって、かしわもち食べれてるのは炎山のおかげだもん。
だから……ありがとう、炎山。」
少し、恥ずかしがりながら言うイヴは。
今までで一番、可愛らしく見えた。
「………どう、いたしまして。」
そう言う俺も、何故か内心とても気恥ずかしかった。
俺はその恥ずかしさ故か、かしわもちにかじりつく。独特の甘みと香りがした。
(……まったく、)
イヴの言動は、本当に予測がつかないな。
「…待て、結局俺たち自分で料理してなくないか?」
「あっ!まあいいじゃん、かしわもち美味しかったし。結果オーライであります、隊長!」
「…………。」