ミステリアスパニック!
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例の高層マンションにたどり着き、ひとまずリビングに入る。
「うーん、お腹いっぱーい!」
イヴはぼすっとリビングのソファーになだれ込み、そこに置いてあったクッションを抱きかかえる。
それを見て呆れたように言う炎山。
「お前、だいぶ本性が出てきたな…」
「だって、いまさらかしこまっても変じゃない?これから私このお家で暮らすんだから。最初はとっつきにくかったしなんか良く分かんないけど、炎山って親しみやすい気がするし。やっぱりゼロに似てるからかなー?」
(この俺が、親しみやすいだと?熱斗には知り合った頃、無口だとかかっこつけだとかさんざん言われた覚えがあるんだが…。)
まあ、仲が悪いよりは良いほうが良いのは明確なので特にそのことには口を出さない炎山であった。一呼吸置いてから話題を変える。
「それよりも、お前の部屋だが」
「えっ、私部屋貸してもらえるの!?」
ソファからがばっと跳ね起き、大きな目をぱちくりさせるイヴ。
「当たり前だ。お前、どこで寝る気だったんだ」
「……このソファーとか?」
「光博士たちから直々に頭を下げられたんだ、そんな扱いはしない。案内するからついて来い」
「はーい」
すたんっと地面に降りて、とことことやってくるイヴ。
それを確認してから炎山はリビングを出て廊下を少し進み、自分の部屋と洗面所の前を通過して、一番玄関に近い所にある部屋のドアを開けた。
「わ、シンプルー」
というイヴの言葉通り、その部屋には机と椅子がひとつ、あとはベッドとクローゼットとタンスがあるだけの非常にシンプルな部屋だった。
しかし十分に広いし、窓も2,3個あったのでイヴはたいへん満足したようだった。
「わあーすごいすごい、部屋に窓があるー!いっぱいあるし、しかも一個だけすごい大きい窓があるー!!」
たったったっと走っていって、ファミリーレストランでそうしていたようにぺたーっと一番大きい窓に張り付き、その窓越しに見える都会の様子を見下してため息をつく。
どうやら彼女は窓のあるところが好きらしい。
「お前の部屋には窓が無かったのか?」
「うん。全部灰色の壁で、広さもここの半分くらいしかなかった。だから嬉しー!」
機嫌の良さそうなイヴに頷き、炎山は続けて注意事項を述べた。
「…ま、そういう訳だから今日からここはお前の部屋だ。それとこの家にあるもの…冷蔵庫やキッチン、風呂等は勝手に使ってくれてかまわない。ただ、キッチンに関してはちゃんと片付けはしろよ」
「はーい」
「それから、俺の部屋の書類を勝手にあさったりしない。出来れば俺の部屋に立ち入ることすらしない方が望ましい」
「はいはい」
「あと、お前にもこの家の鍵を預けておく。」
チャリ、という音を鳴らして、一本の細い銀色の鍵を手渡す炎山。
「えっ?いいの?」
「一応この家の住人だからな。落としたり無くしたりするなよ」
「…うん、大事にするね!」
自分がこの家の住人だと言われた事が嬉しかったのか、鍵をそっと手の中に包み込むイヴ。
「あとは金だな。…ああ、ちなみにこの世界では金の単位を『ゼニー』という。知っているか?」
「うん、真辺さんからきいたよー」
「なら良い。お前には毎朝、俺が出勤する前に一日3000ゼニーを与える」
すっと指を三本伸ばしてきて宣言する炎山に、イヴは目を大きく見開いた。
「ええっ!?そんなにもらっちゃっていいの!?」
「その金で欲しい服やら何やらを買うと良い。昼食代も含まれる。ただし、一ヶ月ごとに所持金をチェックして、余りにも多いようだったらその金は引き抜くからな」
「うん、ぜんぜんかまわないよ!っていうか私、お金とかあんまり使った事無いから多分そんなに使わないと思うし!!」
「まあ何にせよ自己管理が大切だ。それから平日…時々土曜日もだが、俺はここから徒歩五分のIPC本社に出勤している。
ほら、そこの窓から見えるだろう。あの一番でかいやつだ」
と、イヴが振り返って再び一番大きい窓を見ると、確かに周りのビルに比べて大きいビルがどーんと建っていた。ビルの上のほうに”IPC”とロゴマークが入っている、立派なビルだった。
「その間、お前はその辺の公園に出るもよし遊びに行くもよし。これが最重要事項だが、会社にはよっぽどの事が無い限りぜっっっっっっっったいに立ち入るな」
「………今、ものすごい強調したね」
「当たり前だ、仕事を邪魔されたくないからな。あと会社に迷惑がかかる」
「うん、分かった。ぜーーーったいに、行かないようにするね!」
炎山のマネをしたつもりなのか、”絶対”を強調して言ったイヴ。
「それでよし。…あと、最後にひとつ。これをお前に貸す」
そうして炎山から渡されたのは、何の変哲も無い一般的なPETだった。
「ネットナビは居ないが、もし何か緊急の事態があれば俺のPETに連絡してこい。アドレス帳に登録してあるはずだ」
「わーすごーい!!」
初めて触れるPETに機械好きのイヴは目を輝かせた。
「…と、まあこんなもんだ。俺の言ったこと、ちゃんと守れるか?」
「はい、了解であります隊長!」
びしっと敬礼して言うイヴに炎山は頷く。
「じゃあ、俺は自分の部屋に戻る。先に風呂に入っておけ」
「うん、色々ありがとー!」
ばたん。
扉が閉まったのを確認して、イヴは真辺から渡された、一つの袋を取り出した。
その袋を逆さにすると、どさどさと下着や櫛、タオル、歯ブラシ、そして寝間着や肌着が地面に落っこちた。真辺から渡されていたとりあえずの生活用品だった。
「真辺さんって、ほんとうに優しい人だなあ…」
そう呟いて真辺に心の底から感謝しながら、下着やタオルやらを抱えて部屋を出て、風呂へ向かった。
いっぽう、炎山の部屋では。
「……ふぅ。まったく、面倒な事に巻き込まれたもんだ」
苦笑しながら、明日会社に提出する書類制作のために机に向かったとき。
机の上に置いたPETの画面に赤い影が見えた。
<炎山さま、ただいま戻りました>
「ああ、ごくろうだったなブルース。」
<? …お疲れのようですが>
オペレーターの些細な変化に気付き、察するブルース。
(…見破られたか。)
炎山は今日起こったイヴ関連の出来事を話し始めたのだった。
「…ブルース、実はあのネット警察で身柄を拘束した少女が、この家で居候する事になった」
<!?な、何故そうなったのですか!!?>
「俺も分からん…。成り行きでそうなった」
<は、はぁ……これはまた、不思議な事が起こりましたね>
「ああ、全くだ。だが、奴はきっと根は悪い奴ではない…と思う、だから案外平穏に過ごせるかもしれない」
<ど、どうでしょうか…かなり手のかかりそうな人物のように思えますが……。>
「……まあ、その時はその時だろう。なんとか対処するさ。
あと奴の居た世界についてだが、ブルースお前にも一応教えておく」
<はい、お願いします>
そしてイヴに自分が教えてもらったように、彼女の居た世界についてブルースに語る炎山。
「……とまあこんな感じだ」
<実に不思議な世界ですね。ネットナビはおろか、電脳世界すら存在しないなんて…。我々の世界とはあまりに違いすぎます>
「ああ、世界観がそのままそっくり異なる。……それから、奴は俺たち…特に、お前の事を『ゼロ』というレプリロイドに似ていると言っていた。」
<…なるほど。覚えておきます。>
その時、炎山の部屋のドアがコンコンとノックされた。
「えーんざーん、お風呂あがったよー。次どうぞー」
風呂あがりでのぼせているからか、間延びした声で言ってくるイヴに、
「分かった。」
と返事して、立ち上がる炎山。
(今日は色々あって疲れたな…。といっても、全部アイツのせいだと思うが。
早く風呂に入って、書類を作ってさっさと寝よう……)
ドアの向こうからは、風呂上がりで上機嫌そうなイヴの鼻歌が聞こえてきていた。