ミステリアスパニック!

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都会は、夜になってもまだまだ明るく活気づいている。そのまばゆい明かりにイヴは大きな目をパチクリさせていた。



(すごーい、夜中なのに昼間みたい)


「この町は明るいんだね」

「都会だからな」

「私の居た所も、けっこう都会だったと思うんだけどなー…。でも、ほんとに明るい」


(こいつの居た所…気になるな。早く知りたいものだ)



「……ん?炎山、あれなに!?」




イヴが指さすその先にあるのは、大きくて可愛らしい色合いのアーケードのついたファミリーレストランだった。
ネオンが力強く光を放っていて、その店の周りに植えられた木々に取り付けられたイルミネーションも綺麗に光っている。きらきら光るそれに目を奪われたのか、イヴは感心したようにイルミネーションに見とれていた。

そしてその木々に混じって幟(のぼり)がたくさん立っていて、『ただいま、5月のフェア実施中!』という文字がでかでかとプリントされていた。



「もう五月か…。通りで本社前の葉桜が目立つと思った」

「ねぇ、あれ何なの!?」

「ファミリーレストランだ。あそこにするか?」

「うん、する!」


嬉しそうににっこり笑ってイヴは頷いた。



(…こんな風に笑えるのか)


出会ってから今この瞬間まで、イヴの笑顔など見たことも無かった炎山には驚きだった。たいていは嫌がる顔か驚く顔しか見ていなかったからだ。


そんなことを思いながら、炎山はそのファミリーレストランへと足を進めた。

















「いらっしゃいませ、お二人様でしょうか?」

「あ、はい。」




店内を一瞥すると、時間が時間だからか満席のように見えたが幸い何席か空いていたので、待たされる事もなく炎山たちは窓際の二人がけソファ二つでテーブルを囲んだような席に案内された。

窓の外に見える、色とりどりのネオンにイヴが見とれている間に店員が二人分の水をテーブルに置いて、



「注文がお決まりでしたら、そこのボタンを押してください」



と、子供らしく窓に張り付いてネオンをながめるイヴに自然と優しい笑みをこぼして、去っていった。




「おい、何を食べるんだ。外ばっかり見ないでメニューを見ろ」

「えっ?あれ?頼んでないのにお水がきてる…」


「ニホンは水が豊富な国だからな。サービスで出してくれるんだ」

「へえぇ…すごいね」


「で、結局何食べるんだ?」

「うーん、どれにしよう…全部おいしそうなんだもん。……うーん……。」



と、メニュー表をながめながら必死に考えるイヴ。



「…じゃ、これにする!」


そしてイヴが笑顔で指し示したものは、


「お子様ランチ?」



「うん。ごはんの上に旗が乗ってて、可愛いんだもん」

「……本当に、これで良いのか?」


「何でそんなに確認するの?あんまり美味しくないとか?」


「いや、この『お子様ランチ』というのは、たいてい小学校低学年くらいまでの子供が好む物であってだな」


「”しょうがっこうていがくねん”って何?」




と、首をかしげるイヴに炎山は再び落胆し、静かに首を振った。




「…………なんでもない。…じゃ、お前はお子様ランチで良いんだな」

「うん!」



そしてもう一度メニュー表を開き、お子様ランチの写真を見て微笑んでいたイヴだが、ぱっと顔を上げて少し照れくさそうに言った。



「ご、ごちそうになります。…その、ごめんね。でもありがと、本当におなかすいてたからね、う、嬉しいっていうか……。」


(……馬鹿で世間知らずのくせに、そういうのはちゃんと言えるのか)


色の白い頬を赤く染めてお礼を言ったイヴに、炎山は少し度肝を抜かれた気分だった。同時に、少しだけイヴを見直したのだった。

 





そして炎山にコーヒーとサラダが届き、イヴにお子様ランチが届いた。
お子様ランチを前にして、案の定ぱあっと顔が明るくなって目を輝かせるイヴだった。空腹なら尚更である。


「わあああすっごくおいしそう!いただきまーす!」


ぱんっと両手を合わせて、お子様ランチを食べ始めたイヴ。



(…すごい食いっぷりだ)


「ねぇ、炎山それだけ?すくないね」

「ああ。この季節の変わり目はあまり食欲が無いんだ」


「そっかー。あ、旗いる?」



ライスの上にささっていた小さい小さいイギリスの国旗を取り、いたずらっぽい笑顔で尋ねたイヴに、丁重にお断りする炎山。



そして約15分後、イヴはお子様ランチを完食し、ご馳走様でしたと手を合わせた。コップに入った水を一口飲んだ後、先ほどのイギリスのミニ国旗をくるくる回しながら遊んでいた。

炎山はそんな無邪気なイヴを見つめながら、コーヒーを少し飲み、口を開いた。




「…じゃあ、そろそろ話を始めて良いか?」

「ちぇっ。ぜったい忘れてると思ってたのに」



口をとがらせて言うイヴに、炎山は勝ち誇ったように笑う。



「フン。この俺がそう簡単にものを忘れると思うか?」

「分かんない。だって、まだ会って一日も経ってないもん。」



(……そういえば、そうだったな。)



「まあ、それはともかく。まず聞きたいのは、お前のやってきた世界についてだ。」




コーヒーのカップをカタンとテーブルに置き、自分と同じ青い瞳を見据えて再び口を開く。





「お前の発言からして、俺はお前の居た世界とこの世界は…別物なのではと思っている」

「わお、非現実的だ」


少し茶化したような言い方をするイヴに、炎山は至って冷静に自分の考えを述べた。



「俺も自分で自分の考えを疑った。だが、お前の電脳世界と現実世界を自由に行き来できるその能力をこの目で見てしまった。なら、そんな非現実的な事もあり得るんじゃないかと思ったんだ」

「つまり私さまさまってことだね!」

「…それは微妙だが。まあそれで、お前の居た世界についての話が聞きたい。なるべく具体的に、分かりやすくだ」




最後の一文を強調して言うと、うーんと数秒頭をかかえたイヴ。




(……人間は、正直あんまり信頼できないけど。でも炎山は私にお子様ランチおごってくれたし、お家に入れてくれたし、そんなに悪いひとじゃない……かも。なら喋ってあげも、いいかな。)


自分の頭の中で考えをまとめてから、話し始めた。





「まずね、私の居た世界には…人間とレプリロイドっていうのが居たの。」



「レプリロイド…?」


「人間に近い思考回路を持つロボット、それがレプリロイド。人間と平等に存在してたの。まあ、意志があってしゃべれるんだから当然だよね。
けど、人間が犯罪を犯すのと同じように、レプリロイドやメカニロイド…ああ、メカニロイドっていうのは、作業用レプリロイドの事ね。その中にも犯罪を犯す存在、イレギュラーっていうんだけど、そういうのが現れ始めたの。私が生まれる、ずーっと昔から。
理由は故障とかエラーとか。機械だもんね」

「ふむ。」



「それを速やかに解決、つまりイレギュラーを『処分する』特殊機関がイレギュラーハンター。私の所属していた組織。」

「つまりお前の仕事は、そのイレギュラーを処分する事だったんだな」

「そう。」


「それで、『エックス』とかいうのは一体何者なんだ?」



と炎山が訊くと、イヴは少し目を輝かせて語り出した。



「エックスはね、レプリロイドで、すごく真面目で優しいんだよ!
イレギュラーハンターはその強さによって、特A、A、B、Cって階級が分かれてるんだけど、エックスはB級なの。でも、実はすごい強いから誰もが認める特A級なの!

…5年前、イレギュラーハンターの本部であるハンターベースの建物の前に捨てられていた私を拾ってくれた、レプリロイドなの」


「…お前、孤児なのか。」



まさかの新事実に驚きを隠せなかった炎山は、静かに尋ねた。




「うん。…それで、同じイレギュラーハンターでレプリロイドのゼロやアクセル、エイリアやシグナス達と日々イレギュラーを倒してたんだけど。
ある日…私の感覚ではつい昨日くらいなんだけど、部屋の中に居たら急にこう…グラッと来て。」

「目眩や立ちくらみに似た症状か?」


「うん、たぶんそういった感じ。そのうち立ってられなくなって、膝ついてたら今度はそれさえ無理になってきて、床に倒れちゃって。
視界は真っ暗になるし気持ち悪いしで…あーもー思い出すだけで気持ち悪いっ!!」



「……で、目が覚めたら我が社の植え込みの茂みの中に居たと。」

「そういうこと!」



たくさんしゃべって喉が渇いたのか、イヴはコップの水をごっくごっくと一気に飲み干した。
そして、じーっと炎山の顔を見つめながら口を開いた。



「…ていうか、”我が社”って…。炎山、社長さんなの?」

「いや、副社長だ。PETメーカーの会社のな」


「わー、すごい…。あっ、そうそう真辺さんから色々教えてもらったよこの世界のこと。PETのこととか、ネットナビのこととか、その他もろもろ。ちょっとは分かるようになったんだよー」


この瞬間、炎山は真辺に心底感謝した。

この無知で世間知らずな少女に現代のなんたるかから教えて込まなければならないと思っていたからだ。
真辺のおかげでその手間が少し省けたと思いたい。



「…よし。話も聞けたし、帰るか」

「うんっ。あ、この旗、持って帰っていい?」


「……いいんじゃないのか」


「わーい、やたー!」



そして席を立ち、勘定を済ませ(この時もイヴはちゃんと『ご馳走様でした』と言っていた)、帰路につく。







もう辺りは完全に真っ暗で、ネオンが更にその明るさを目立たせていた。
イヴの手には例のお子様ランチのライスに刺さっていたイギリスの国旗。それを指でくるくる回しながらイヴは言った。


「この旗のマーク、おもしろいね」

「それはイギリスという国の旗だ。」

「いぎりす?なんだか、リスの仲間みたいだね」


「………リスは知ってても、絨毯は知らないんだな」


「? …ああ、炎山のお家に入ってコケた時のこと?知ってたよ一応は。見るのが初めてだっただけで」

「そうだったな」




そして、イヴはたんっと地面を蹴って炎山に一歩近寄って歩き出す。



「なんだ」

「ううん、なんでもないよー」


「……………。」


「あ、今『なんだコイツ』とか思ったでしょ」

「いや別に」

「嘘はいけません。だって炎山、ゼロと似てるんだもの、きっと思考回路だって同じなはず!」

「どういう根拠からその発言が出てくるんだ」


「だって似てるんだもの。ま、あの赤いのの方が似てるけど」


(赤いの…? ああ、ブルースか)



と、今はデータを届けに電脳世界に出て行ってしまっていて、自分のPETの中には居ない自分の持ちナビの姿を頭に浮かべる。



「…でも、良かった。」

「何がだ」


「私、親に捨てられてからずーっと人間が嫌いだったんだ。でも、もしかしたら…人間も、そんなに悪いもんじゃないかもしれないなーって」

「…………。」

「だから、ね。炎山のことは、ちょっとだけ信頼できるかもって話!これからよろしくね」




そっと目を伏せ安心したように言うイヴの横顔を見て、炎山は不思議な気持ちになった。



(コイツとの生活も、そこまで絶望的でも無いかもしれない)



 


 
   

 
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