She falls in love!
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一月も終わろうという頃。白い息をマフラーの隙間から出しながら走り寄ってきた風子に柳は、読んでいた本を閉じた。
「もうすぐ!バレンタインだよ!」
ドンと背中に受けた衝撃に顔を変えず柳は、そうだなとだけ答えた。
「学校は禁止だもんね」
「帰り道で良いんじゃないのか?」
私立だろうが公立だろうが、教育の場である学校への不要物は咎められる。バレンタインというイベントは思春期真っ盛りの中学生には、一大イベント。
「今年の一番は精市だろうな」
柳はそう言うと自分のデータを風子に見せてきた。風子は、あまり見せてもらったことのないデータノートにテンションが上がった。
「精市は上からも可愛がられるタイプだからな。となると、丸井もだ。丸井は食べることへの執着が学内一かもしれないな」
「そんなに?」
「あぁ。仁王はそういうことに興味がないな。まぁ、アレは姉がいるから仕方ない」
どういうこと?と問い詰める風子を柳は押さえて教室に入る。後ろにしがみついている風子を引きずったまま。
席に着くと風子は、乃里子の元へと駆け寄った。既に着席していた乃里子は、挨拶そっちのけの風子を落ち着かせる。
「バレンタインねぇ…弥生は?」
「私?興味ない。面倒」
「そうなの?」
弥生は長い髪が静電気でふわふわ漂うのが気に食わないらしく、必死に撫で付けていた。原因のマフラーは理不尽にも遥に当てられた。
「真田なら何を貰っても喜ぶでしょ」
「そうかなぁ」
バレンタインに興味のない弥生は早々に離脱。乃里子は乃里子であの真田がチョコレートを手に喜ぶ姿を想像して、やめた。
「風子、弦一郎はバレンタインの意味が分かっていないからきちんと伝えねば意味はない」
「俄然、やる気出たよ!」
何事も前向きに捉えられる風子。柳は面白いことになりそうだとデータノートに口を隠してほくそ笑んだ。
昼休み、教室に顔を出しにきた真田と柳生。柳生の用に着いてきただけの真田は大崎にからまれて、憮然としていた。
「なぁ!風子から貰えるんだろ?」
「だから何をだ!」
「バレンタインだよバレンタイン!」
「な!そんなこと気になどせん!」
義理チョコくんねぇかなぁと真田の肩に頭を打ち付ける大崎。二人の様子に気付いた柳は異様な光景から目を逸らした。
「風子さんはいらっしゃらないんですか?」
「職員室だ」
お待たせしましたと真田と大崎の間に入るのをやめて、真田の隣に。大崎は柳生に、羨ましいよなぁと口零す。
「おや?下級生には人気があると伺いましたよ」
大崎くんは。そう言って、安心して下さいと眼鏡を押し上げた。真田はフンと鼻を鳴らし、さも興味がないように振る舞う。
真田の目が泳いでいることに気付いた柳は、弦一郎にも春だなとほくそ笑む。やはり今年は楽しみだな。
結局、風子は時間内に戻れず、チャイムギリギリに滑り込み。真田が来ていたことを憎らしいとばかりに放す弥生に、残念とうなだれた。
放課後、乃里子たちと別れた風子は図書館に寄る。無論、文芸部の活動を兼ねた勉強だ。製菓作りは苦手ではないが、今年は気合いを入れようと新境地を開拓することにした。
「クッキー、ケーキは大丈夫。うーん…何にしようかなぁ」
皆考えることは一緒のようで、料理本の棚の特に製菓本の部分は普段より本の在庫がなかった。
「フォンダンショコラ?真田くん食べるかなぁ」
本を持ち込んだ司書室で上半身を机に投げ出す風子。ペーパーウェイトの黒猫が風子を見ている。
「いっそのこと和菓子?」
なかなか見つからないなぁと疲れた頭を休める。ゆうに一時間強働かせた頭こそ、糖分を求めていた。
最終下校時刻をむかえてしまい、慌てた風子は母親に今から帰るからとメール。冬時の帰路は寒く、寂しい。風子は約束をしていない真田を待つことなく一人、立海生の波を抜けて家路を急いだ。
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