She falls in love!

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テニス部とバレー部の合同合宿が終わり、あれよあれよという間に年明け。その間、風子と真田は会うことが出来ずにいた。

「なんだよ、それ?」

幸村は目の前で気まずそうに視線を逸らす真田に、チョコレートを投げた。

「精市」

チョコレートを受け取ったのは、真田と一緒に幸村の見舞いにきた柳。

両端をキャンディのように捩られている包みを剥ぐと柳は、口に放り込んだ。

「仕方ないのだ。風子も俺も家の都合が合わなくてだな」

「それは予想外だな」

「だけど、風子ちゃん寂しいんじゃないの?」

幸村の探る視線を躱し、真田は首を横に振って真っ白な天井を仰いだ。

嘆かわしくも嗅ぎ慣れた匂いを吸い込み、真田は口を開いた。

「新学期になったら、その…クリスマスの分を交換しようとだな…」

(プレゼント交換が言えないとは)

柳も幸村同様にそう思ったらしく、呆れたように首を横に振った。

「あ、そう…」

真田は真田で二人の反応よりも風子からのメール内容を自分で口にしたことで落ちた気分を、たるんどると頬を両手でパチンと挟んだ。


「俺が戻るまで頼んだよ」

もそもそと語る真田と風子の話からテニス部の話になり、幸村は青白い手首を摩りながら微笑んだ。

パステルカラーのパジャマに融けてしまうのではないだろうか、と真田と柳は密かに思った。

元より中性的な顔立ちの幸村の色白さに拍車がかかり、白いというよりは青白い肌。

無理矢理にもテニス部の話へと引っ張った幸村の胸中を図りかねた二人は、当然だと答えるしかなかった。

「報告はメールでも良いよ。此処に来るくらいなら体を休めてよ」

幸村は幸村で、二人の表情を読み取ると行き場のない思いが溢れ、焦燥感に駆られた。

(テニスがしたい、真田と帰って、柳とメールをしてっ)

(丸井のガムを貰ってさ、仁王と柳生をからかって、ジャッカルに諌められて、赤也を扱いて)

頭に流れ込むテニス部の記憶と、随分と感じていない馴染みのグリップとテニスボールの感触が薄れた手を握り締めた。

記憶だけは残り、感じることの出来ないテニスの象徴の代わりにシーツの感触。幸村は吐き気を覚えた。

真田は見送る幸村が押さえた口元から目を離せずにいた。それに気付いた柳は、そっと真田の背を押した。

空は暗く、雲も灰色がかり、重く垂れ込めている。大通りは華やかな明かりで照らされ、奥まった場所にある病院から出てきた二人には眩しく、目を細めた。

分かれ道、二人は特に言葉を交わすこともなく、また明日とだけで別れた。

真田には、不安はなかった。不安はなかったが、不満はあった。

(何故、幸村はあれ程までに)

幸村が病に臥せっていること、幸村がテニスの話をし出しても苛立ちを隠そうとすること。

真田としては、それすらも吐き出せば良いと思っていた。

(弱音だと俺に言われるからだろうか)

幸村に知られている真田自身の性格を考えても、だからこそではないのかと疑問。きっとそれさえも幸村は分かっているのだろうと結論づける。

とは言え、結論づけたところでそのことを幸村に言うタイミングは分からず、息を吐いた。

真っ白な息がフワッと消え、自宅へと続く通学路への道を曲がる。

点々と続く街灯に照らされた道を歩いていると、後ろから足早に駆けてくる足音が真田の耳に捕らえられた。

(ジョギングだろうか)

寒空に熱心なことだと感心しつつも、暗い夜道という点では男女問わず危ないだろうと顔をしかめる。

タッタッタと軽やかな足音に邪魔にならぬように道を避けて、人がいることが分かりやすいよう街灯の足元に歩を進めた。

「やーっぱり、真田くんだ!」

「む?」

振り向いたそこには、頬を赤く息を切らした風子がダッフルコートに身を包んで笑っていた。

「帽子と荷物で分かったんだよ!」

凄いでしょ!と尚も笑う風子とは反対に真田は、顔をしかめた。

「こんな時間に一人で出歩くものではないだろう?」

「お使い、お使い。ほら、携帯もあるよ」

風子の掲げた荷物からは、白ネギがひょろんと飛び出ていた。

「そうか」

真田は送ろうと何故か言えず、帰る道に背を向けている自分の足をどうすべきか悩んだ。

(普段とは違う)

学校の帰り道以外でまともに会ったことのない二人。所謂、デートはしたことがないのだ。

唯一、学校外で会ったのも幸村や柳、若竹乃里子や茅ヶ崎祥子を含む風子の家での勉強会。

どうしたのと赤い手袋をすり合わせる風子をチラリと見遣り、真田は風子の手から荷物を取り上げた。

「え、持てるよ」

「構わん。それに重かろう」

「お醤油がね。でも、大丈夫だよ」

あわあわと行き場のない手をさ迷わせる風子に真田は、帰らんのかと踵を返す。

それが真田に出来た誘い文句だった。

(一緒に帰れる!)

合宿期間中もメールをしていたとは言え、年明けて今日までお互いの家の都合はなかなか合わず。

けれど、風子はそれを苦とも寂しいとも思わなかった。

大好きと送ったメールに真田の返信は、そうかの三文字。他に合宿の内容も書いてあったが、メールの最後のその三文字。

否定されなかったことで、風子は寂しさが消え失せたのだ。

「ありがとう、真田くん」

「風子、行くぞ」

「うん」

真田の横に並び、白い息を吐きながら休みの間の話をする風子に相槌をうつ真田。

風子は、いつもと変わらない筈の真田に少しだけ疑問を感じた。

「真田くん、何かあった?」

「何故だ?」

もう暫く歩けば、公園。風子は公園の前を通り過ぎると、真田のコートを摘んだ。

「真田くん!幸村くんがね、皆が来てくれると嬉しいんだって」

「しかし、ついさっきはそんな暇があるならば」

「幸村くんは、自分が不機嫌になったら困るからって。自分では言えないから私からだって」

そういうタイミングじゃなかったかなと、赤也が俺に叱られる時のような表情で俺を見上げる。鼻の頭が真っ赤だ。

「いや。良いタイミングだ」

「良かった」

ガサガサと袋と白ネギの擦れる音が静かな道に響いて、ほんの少し賑やかに。

(良かった…)

風子は真田の力になりたいと思っていたが、何をして、何を話せば良いのか分からずにいた。

そんな風子に幸村がメールを寄越したのは、二日前。風子が真田に伝えたことは、幸村からのメールそのままだ。

公園を曲がり、風子が暮らすマンションの前に着くと真田は、噤んでいた口を開いた。

「風子、ありがとう。幸村も俺には言えないこともある。逆も然別。また何かあれば、遠慮せずに言うように」

保護者や教師のような言い方に風子はくすりと笑い、真田から荷物を受け取る。

そして袋から何かを取り出すと、真田のコートのポケットに突っ込んだ。

「何だ?」

「チョコレート。良かったら食べてね」

風子はそう言うと、おやすみと手を振り、エントランスに入った。

取り残された真田は、ポケットから取り出したチョコレートを見つめると、包みを剥いで四角い中身を口に入れる。普段の真田なら、帰宅してからと決めているのだが、寒さのせいか口が寂しいようで。

ガサリとポケットに入れた包み、口の中に入れた甘いそれ。

暖かなものではないそれらが、熱を持っているような気がして、指先が温かいように感じた。



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