She falls in love!

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駅南にある金井総合病院へは、徒歩20分弱。

立海前にある湘南線立海大附属経由の終着点で、立海大前からは5分弱。

柳は、シェリテに行くなら徒歩か、と尋ねた。

人気洋菓子店は、駅へと向かう道にある。

バスの場合、一旦降車しなければならず、非効率だ。

「そうだね。柳くんさえ良ければ、歩いてこ」

「そうしようか」

昇降口を出て風子は、一度振り返っていた。

上がり口にいた真田など見える筈もなかった。

校門を出て、駅へ向かうバス通り沿いに二人は歩き出した。

桜並木は春に向けて、養分を蓄え、今は静かに立っている。

「柳くん、吹田さんてどんな人?」

柳は少し考えるような仕種をし、前を向いたまま口を開いた。

「吹田エリカは、文武両道。部員やクラスメイト、役員からの信頼も厚い。それに口調はキツイが、支離滅裂なことは言わない、しない。佐倉とは違う意味で出来る女子か」

風子は、聞かなきゃ良かった、と心底に思った。

自分とは全くの正反対で、羨望どころか妬みがふつふつと生まれた。

いやだな…
忘れよう

風子は、気持ちに蓋をするように俯いた。

二人は無言のまま、バス通りから少し逸れた道にある洋菓子店シェリテで足を止めた。

「珍しく空いているな」

柳は扉に手をかけた。カラン、と鳴るベルを見上げる風子を促し、ショーウインドーの前に立つ。

ショーウインドーは風子より少し高く、店員の顔を見るには、爪先立ちをせねばならなかった。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

店員はケーキの紹介を載せたメニューを差し出し、微笑んだ。

「すごく、綺麗だね…。美味しそうだよ」

ワクワクする!

柳に吹田エリカのことを尋ねてから口を閉ざしていた風子が、柳のブレザーを引っ張る。

その仕種に柳は、言って良かったのだろうかと思い返す。

テニスとは違い、人の思いや考えには明白な答えはない、と柳は考える。

けれど、基本性格というものを考えた場合は、とつい分析しようとする哲学被れな自分に気付いた。

「このシュークリームを三つお願いします」

「保冷剤を一つ、入れておきますね」

甘い香が店内に充満しているせいか、いつもより上気した頬を上げて笑う風子。

柳は、中学生とは面倒なものだなと自分の世話好きな性格に気付かず、自嘲した。




「え、シェリテの?食べてみたかったから、ありがとう」

「お母さんに言っておくね」

「蓮二は食べないの?」


二日前に訪れた時より、幸村の私物が増えた個室。

柳は、白い部屋に幸村の淡い水色のパジャマが霞むような気がした。

「頂こう」

風子に渡された付属していたプラスチックのフォークを、柔らかくもしっかりとした生地に刺した。

ふにゅり、と溢れた生クリームとカスタード。

風子は体に障るかな、と今更に半分以上を食べた幸村に尋ねた。

「大丈夫だよ」

「良かった」


柳が席を立つと、幸村は風子にどうかしたのかと最後の一口を食べる手を止めた。

「吹田さんと真田くんて絵になるよね」

「え?」

幸村は予想だにしない組み合わせに、呆気に取られた。

吹田さんて生徒会の子だよね?

うーん…

「話が見えないけど、あの二人だと強烈過ぎないかな?」

「強烈?」

「うん。わりとサバサバしてる吹田さんと鬼の真田だよ。生徒会と風紀で手を組まれたら、アウトだね」

幸村は友人のしかめっつらに、乾いた笑い声が出た。

最後の一口をフォークで掬い、口に運ぶ。

濃すぎない生クリームとほんのり甘いカスタードが、口内に広がる。

「た、しかにね」

「そういう意味じゃなかった?」

「あ、うん、そういうこと!」

慌てる風子に幸村は、メモ帳を戸棚から出し、一枚を契った。

「これ、パソコンのアドレス。夜は確認するから、何かあったらどうぞ。ただ、21時には消灯だから」

「良いの?」

「うん。テニス部の奴らには無理矢理奪われたけどさ」

「それは栗田と丸井と仁王だろう」

静かに室内に戻ってきた柳が割って入った。

「まぁね」

「さて、そろそろ行こう。長居しては悪いからな」

「それは丸井たちに言ってよ。風子ちゃんなら大歓迎だからさ」

入院以前と変わらない白い肌を摩る幸村に、風子はありがとね、とメモを大事に仕舞った。



「風子、幸村の話し相手になってくれるか」

「なるよ?」

「ふっ…ありがとう」


何で、と首を捻る風子に気にするなと言えば、頬を膨らませた。




風子も風子なりに、と今日は普段あまり見せない表情を見た柳は、宵闇に染まりかけた空を見上げた、一人で。



三つのシュークリーム

病院





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