She falls in love!

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金井総合病院に幸村が入院をして、一ヶ月。

まだ肌寒い程度だった風も、骨身に染みる北風となった十二月。

風子は、学期末テストに向けて苦手な数学を柳に見てもらっていた。

乃里子は家の用事で早々に帰宅し、大崎は担任の弓岡に呼ばれ、職員室だ。

柳と二人の教室。

本来なら、生徒のみで暖房は使えないが、やはりそこは柳。

教師陣からの信頼の厚さに、風子は感服した。


「今度、精市の見舞いに行こう」

「良いの?」

風子は幸村に会えるのか疑問だった。

「大丈夫だ。少し前から可能だよ」

「そっか!学校帰りの方がいいかな?部活、あるもんね。けど、面会時間とかってあるよね」

矢継ぎ早に尋ねる風子に柳は、笑いが込み上げてきた。

心配だったのか
「テスト最終日に行こう。その日は先生の都合で部活がないから」

「うんっ!」

柳は風子に新たな問題を指差し、公式を書き留めた。

風子は公式を見ながら、苦手な数学に取り組んだ。



そうこうしてテスト最終日を迎え、開放感に満ち溢れた生徒たちの中、風子もその一人だった。

「やぁっと終わったねぇ」

「そうだな。そういえば、弦一郎とは帰っていなかったのか」

柳はテスト週間中を含め、最近は風子と真田が一緒に帰っていないことを指摘した。

すると風子は、ヘヘッと寂しそうに笑った。

「実は、暫くは一緒に帰れないんだってさ」

「理由は」
恐らくは精市のことだろうが

「忙しいんだって」

やはりな
快復の目処も立っていない今、弦一郎がやらなくてはならないことばかりか

「そうか。なら、長いメールではなくて、短いメールだけでも時々は送ってやってくれ」

「柳くんは優しいね」

優しい、か
ただ、弦一郎にまで倒れられては困るからな

俺はあくまで参謀役だ

それに、弦一郎とて風子を蔑ろにするつもりはないだろう

頭の中で真田を分析している柳に、風子は行こうかと立ち上がった。

「シェリテっていう所のシュークリームが美味しいらしいよ。お母さんからお金貰っちゃった」

「シェリテは混むから、急ごう」

「行くぞー」



制止する柳を尻目に階段を駆け降りた風子の目に飛び込んだのは、真田と吹田エリカだった。

風子の脳裏に、諦めないと言った吹田エリカの声が木霊した。

「風子、走るなと言っている。弦一郎に怒られる、と弦一郎か」

「む、風子と蓮二ではないか」

真田の角度から風子は見えなかったらしく、柳の声に振り向いた。

同時に吹田エリカも、柳と風子を見た。

「弦一郎、風子を借りるぞ」

「あぁ。幸村の所だろう」

「そうだ。安心か」

「ふんっ!たるんどるっ!だが、頼んだぞ」

クスクス笑う柳とは対照的に、真田はしかめっつらだ。

「風子、気をつけて行くんだぞ。変な奴に着いて行くなよ、飴をやると言われてもだ」

「大丈夫だよ、丸井くんに貰った飴があるから」

真田くんの中での私って一体…

風子は疑問だったが、敢えて胸に渦巻く吹田エリカの存在を払拭するかのようにポケットから飴を取り出した。

「けしからんな」

真田が腕を組み、仁王立ちのまま溜め息を吐いた。

第三者から見れば、教師か保護者だ。


「貴女、真田くんを困らせるのはやめた方が良いんじゃないかしら」

吹田、と彼女の名を発したのは柳だ。

今の今まで、風子と真田を見守っていた柳は、首を横に振った。

余分なことを言うな、と言わんばかりに。

複雑な表情を浮かべる風子と柳に、真田は理解し難かった。

「俺は困ってはいない」

「な、…。真田くん、また明日」

「あぁ」

真田は吹田の言葉の意味が分からなかった。

何故、風子が俺に迷惑をかけているように見えたのだ

風子は、何かあったのだろうか

蓮二は何かを知っているのか

ぐるぐると脳内を巡る疑問に首を傾げては見るが、答えはすぐに見つからない。

「弦一郎、気にするな。今は、部活と自分のことだけを考えよう」

柳はやんわりと真田を言い含め、精市に会う時間が少なくなるから行くよ、と言った。


「風子、困ったことがあれば言うといい」

口をついて出たそれは、真田らしいと言えば真田らしいが、真田らしくもなかった。

付き合いの深い柳は、安心だなと一人呟いた。

「風子、安心しろ。弦一郎がこんな風に言うことは、滅多にないから。言いたい時は言うように」

「蓮二!」

「そうだろう」

「っぐ…」

見透かされているな…
まだまだ、たるんどるっ!
精進せねばっ!

風子は真田と付き合いの深い柳が言うのだからと、言い聞かせた。

「真田くん、ありがとっ!また、明日ね」

靴を履き終えた柳に続くように、ローファーを靴箱から取り出した。

「あぁ、また明日」


身長差のある二人を見送った真田は、妙なもやもやを抱えたまま、委員会の用を済ませるために職員室へ向かう階段へ踵を返した。




昇降口





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