She falls in love!
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あー、涼し
風子は8月29日、図書室にいた。
借りていた本を返すのは、夏休みに入って両手では数えられない程だ。
何となく目についたファンタジー小説を手に、司書室から自前の黒猫のペーパーウェイトを持ってきた。
ことん、と音をたて鎮座した黒猫だけが、風子の欠伸を見る。
程よい温度と、開いた頁から香る本の香に風子は瞼を閉じた。
他の生徒に比べれば、夏休みの校舎に入る機会の多い真田。
むわっとした暑さに流れる汗を拭う。今度からは手ぬぐいにすべきかと考え、目的の場所に向かった。
キィと中途半端な音のする扉を開けると、涼しさが外に流れ出した。
流石に、気持ちが良いな
すぅっとひく汗に、エアコンの温度パネルを見ると、快適な状態。誰かいるのか、と見渡した。
真田は、図書室に用はなかった。用があったのは、職員室だ。呼ばれたのは、全国大会に臨んだレギュラーで、理由は休み明けの始業式での表彰についてだった。
昨年と変わらない話に退屈がる幸村を、教師から見えないように叱咤する柳の隣で、ふと思ったのだ。図書室に行ってみようか、と。
話のあと、幸村は錦に今後のことを話すからと引きずっていった。三役交えての話は後日だとか。
柳は海原祭の話し合いがあるらしく、高等部の生徒会室がある3号館に向かった。
真田は二人を見送り、図書室に来た。
自分でも何故来たのかと思ったが、たまには良いだろうとジャンルを探した。
やはり、もう一度読破すべきか
真田は文庫化され、二十近くある時代小説を手にした。頭から三冊抜き出し、他のジャンルを見回った。
純文学か
蓮二が読んでいたのは何だったか
真田は、つらつらと有名所が書かれた紹介のポップを眺めた。こういったものは、図書室に不似合いではと思っていた真田だったが、思わず引き寄せられ、成る程なと呟いた。
次の機会にしようと違う棚に移動し、以前から柳生に進められていた本を手にした。
カウンターを素通りしたが、貸出は出来るのか
本を手に、真田はカウンターに足を向けた。がカウンターの斜向かいにある机に小さな背中。
風子がいた。
ぐるりと回って見れば、ぺたり、と机に顔をつけて、すうすうと寝息を立てている。
やはり、いたか
真田は、うん、と疑問に思った。
今、俺はやはりと…
来れば、会えると
なっ!まぁ、そういう時もあるものだ
真田は、最近になって風子に対する気持ちに変化が生じていることに戸惑っていた。
けれど嫌なものではなく、どこかしら楽しんんでいる自分がいることにも気付いていた。
風子が起きるのを待つか
鞄をそっと置き、風子の向かいに座った。
黒猫が背を向けている。
くるりと自分に向けると、柳生に薦められたミステリー小説を開いた。
ぼやっと視界が歪む。
開ききらない目のまま、顔を動かさず辺りを見回す。
そんなに時間、経ってないかな
固まった背中を伸ばすように、体を起こして、気付いた。
真田が、目の前にいることに。
制服をきっちり着こなし、頁をめくる真田。真田は風子の視線に気付くと、起きたのかと苦笑した。
風子は、真田の苦笑する姿を何度も見ている。しかし、いつもの真田とは雰囲気が違った。いつも優しい空気を見せない訳でない。ただ、いつも以上に柔らかな空気を纏っていたのだ。
真田のトレードマークの黒い帽子とタオルは、鞄の上に置かれている。全国大会前に風子が渡したタオルだ。
使ってくれてる
風子の胸にじんわりと喜びと恥ずかしさが広がった。
「今日はどうしたの?」
「あぁ、始業式の表彰式についてだ。幸村は錦部長と三役について話し合うらしい。蓮二は、海原祭について高等部の生徒会室にいる」
「三役って、部長とか副部長?」
「あとは会計だ。恐らく、蓮二だろうな」
真田は栞を挟み、本を置いた。第一殺人は終わり、山荘に皆が閉じ込められている。タイトルは、白銀の予告密室−孝之助、初めての探偵業−と書かれている。
「本を借りようとしてだな…。見れば、風子が居たのだ。起きるまで待ってみようと」
少し恥ずかしそうに視線を外す真田に、風子まで照れた。頬に手をあてれば、少し熱い。指先の冷たさが心地好い。
「こ、この黒猫は風子のものか。随分と愛らしいのだな」
真田は、ある長編アニメーションの魔女の連れ猫を思い出した。
どうやら、それとは別ものか
真田の知るその猫とは、だいぶ異なる。
「おばあちゃんから貰ったの。家にまだ二匹の兄弟猫がいるんだ」
「祖母は福井にいるという?」
「そうなの。今度、こっちに戻ってくるんだ」
「戻ってくる?」
「おじいちゃんの仕事の都合で福井にいたんだけど、もう引退したし。神奈川に戻ってくるんだ」
そうか、と真田が相槌をうつと風子は貸出しようか、と立ち上がった。
ふよん、と揺れたポニーテールに真田の胸がざわめいた。
図書室で眠る少女
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