龍は雲に従う

□第三章〜隠者出立〜
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数刻後、コーちゃんは木の板が敷き詰められた廃屋の屋根の上で胡坐を掻き、眼下の様子を伺っていた。
見下ろす通りは人どころか動くものの気配が一切しない。コーちゃんは知らずの内に右京の中央、最も人気のない四条大路の端にまでやってきていた。

「さすがに・・・もう追ってこねぇだろ」

一人ごちて確信すると、左肩にかけた長布を翻し路地に降り立つ。酔いが完全に覚めたコーちゃんは遠い目をしながら安堵とも疲労ともとれる嘆息をついた。

光元と別れた後、背後の追っ手が一人二人と増え始め挟み撃ちの危機も二度三度ではきかなかった。
騎馬まで持ち出された頃には多勢に無勢の恐怖を思い知る。現在地の特定が不可能なほどに、休む間もなく追いかけ回されていたのだ。
疲れ知らずのコーちゃんでもいつまでも追い立てられる立場にいるのは気に食わない。本来捕食者、追う立場にある誇り高い黄龍の自尊心には屈辱的なほどに大きな傷跡だ。
しかし都人に報復するなどという愚行は光元が許しはしないだろう。憤慨に吼え猛りたくとも、黄龍への変化さえ言霊で封じられおり更に苛立ちが募るコーちゃんであった。

唯一『主人も同じ目に逢っている』という喜悦を自制心として堪えている訳だったのだが、当の光元は徒歩で既に帰宅していることなど知る由もない。

『相手が普通の人間であるのだから隠形すればよい』。その事に気づいたのはほぼ都の半分を走り回った後である。
そうして追っ手である検非違使の声が途絶えるまで、隠形し平たい屋根を渡ることにした。わざわざ屋根にまで上ってくることはないであろうという考案である。
彼の予想は的中し、全く人気がない現在地で暫(しばら)く腰を落ち着かせていたのだ。

散々走り回っていた頃は時が経つのも忘れていたが、都にやってきた頃には頭上にあった太陽が大きく傾いており赤い夕焼けの光がこの日の終りを告げるように、夜を歓迎するように都全体を照らしていることに気づく。
昼と夜、陰陽の交わる黄昏時。人が帰路につき、妖が住処を出て行く、それは人と異形の時が交わる刻限であり二種が最も密接に在る時。

黄昏時は「誰彼時」とも書く。この時間帯は『誰がそこにいるのか不明である』という意味合いを持つ。



・・・故に人は『逢魔時(おうまがどき)』、もしくは『大禍時(おおまがとき)』と呼ぶのだ。



人の多い通りは家路につく者達でかつてないほどの混雑に見舞われるが、逆に言えばその他の路地は無人になるものも多くなる。奇怪が起こるという曰(いわ)くでもあれば尚更だ。
そして今コーちゃんの立つ路地も、人気がないのには理由があった。その日やってきたコーちゃんが知るはずもないのだが、その路地は近日都人の話題の中で持ちきりの一箇所でもあったのだ。



鬼が出るという。

巨大な青鬼が、出るのだそうだ。

その不吉な声を聞いたが最後、鬼の呪いを受けると言われている。

一族全員末代まで不幸が続き、破滅するのだという。
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