龍は雲に従う
□第三章〜隠者出立〜
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誰かが二人の対峙するものと同じ路地に足を踏み入れたらしい。第三者が砂利を踏みつける微かな音が二人の耳に入ってきた、その時だった。
「見つけたぞー!」
「「―――っ!?」」
野太い男の声に虚を突かれた二人が前につんのめる。何とか上体を起こし同時に振り向けば、狩衣を纏い弓を携えた大柄の男がこちらに指をつき付け叫んでいる。
「そこの強盗未遂者ぁ!大人しく縄につけぇい!!」
げ、と光元が潰れた蛙のような声をあげた。
「・・・そういえば検非違使の事すっかり忘れてた。人気のない右京まで逃げたから安心してたのに」
そんな光元の呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、駆けてくる検非違使の男が怒鳴る。
「お前等の騒ぎなら朱雀大路まで聞こえとるわーい!!!」
「あぁ、なるほどねー」
興醒めした光元が袖に呪符を戻し両手を打ち合わせる。自覚があったのか大いに納得の様子だ。
勿論、折角の機会を失ったコーちゃんとしては腑に落ちない。
「んだよー!今のは確実に闘(や)り合う雰囲気だっただろ!?」
「いや、僕に言われても仕方ないんだけど?」
「そして俺が勝つはずだった!」
「いや、そこは頷かないけど?とにかくもう一旦逃げるべしっ!ちなみに騒ぎになるから龍になるのは禁止ね!」
言うや否や駆け出す光元。コーちゃんが横に並走する。
「今度は抱えなくていいのか?」
「次の角で別れるから。分散できていいでしょ?」
「ふぅん、そう言うことか」
「そう言うこと!」
光元が同意した直後に約束の十字路に到達し、光元は北方面、コーちゃんは南方面に曲がる。対する検非違使は一人。少なくとも一人は逃げおおせることが出来る。
走り続ける光元は、二つの足音が遠くに遠ざかっていくのを聞いていた。
「ちょ、お前!なんで俺の方に来るんだよー!!逆に行け!逆に!!」
「女中の話には厨を荒らす鬼の話しか聞いておらんわー!!成敗されぃ!!」
「誰が鬼かーーー!!!」
続々と響いてくる怒号にほくそ笑んでいた事については、尊い犠牲者には内緒である。
「・・・というか、僕については全く触れられてないってこと?」
ふと思い当たった事実が口から零れる。
女中の意識の中では暴飲暴食を働いていた鬼の印象が強すぎて、呆然と突っ立っていた平凡な少年へ注意を向ける余裕はなかったらしい。
「うん、やっぱ別れて正解だったね!」
何処か清清しささえ湛えた顔つきで速度を緩める光元。それでも後方の黄龍に失礼と思って逃げる行為だけは続けておくことにする。
のんびりと徒歩で、である。