龍は雲に従う

□第二章〜それは光陰の如く〜
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辿り着いたのは三条大路と西洞院大路の交差地点。一際人目を引き存在していたのは、『一期一会(いちごいちえ)』という平安京では名の通っている高級宿屋であった。木材で出来た築地塀の内には豪華を超えて異様にも見える珍しい二階建て建築があり、庭の松の木が塀から僅かに頭を覗かせているのが見える。

聞くところによれば、下級貴族では泊まれない程の多額の料金がかかるが、その内装ともてなしはお墨付き。花の名が付いた六つの部屋があり、特に『睡蓮の間』は最高級だとか。現在最も天皇に近い北家の藤原家もこの宿をよく利用しているらしい。

「この宿、最近何だか不穏な動きがあるんだってさ。僕はここの捜査を頼まれたんだ。だから…」

光元は元気よく後方のコーちゃんを振り返り、

「潜入捜査しまぁす!」
「宿屋かよ・・・」

両手を振り上げやる気万全と張り切る光元とは打って変わって、コーちゃんは唇をへの字に曲げいかにも気乗り無げだった。

「あれあれ?コーちゃん、さっきまでのやる気はどこへやら?」
「てっきりどっかの異形の巣窟とか夜盗のねぐらかと思ってたから、なんか拍子抜けした。せっかく腕が振るえると楽しみだったのによ」
「そう言わないで。暴力で全て物事が解決できると思ったら大間違いっ」
「じゃあここでの仕事がちんたらして進まなかったら?」
「強行突破」
「お前さっき自分の言った言葉思い出せるか?」

仕事の出だし以前からちんたらと進まない二人であった。

「まぁそれはひとまず置いといてっ」

両手で何かを脇に除ける動作まで加えて光元が言葉の『強行突破』で話題を振り出しに戻す。

「コーちゃん、やって欲しいことがあるから・・・耳貸す!」
「潜入捜査って暴露した後に耳打ちって、意味あんのか?」
「ずべこべ言わないのっ!一回くらいやってみたいじゃんこんなの!」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの!!」

必要性というより単に形式に則りたいだけのようだ。

「早く!」

ざわつく朱雀大路の喧騒の中でも、光元の子供特有の高い声はコーちゃんの耳によく届く。喚(わめ)かれればヒトより聴力に優れた彼にとっては揶揄でも何でもなく耳に痛いほどだ。

「わ〜かったよ・・・」

そんな理由もあり、急かす主人にコーちゃんは観念してしぶしぶ片膝をつき聞く姿勢をとる。
間近に寄った黄龍の耳朶に、光元は嬉々とした笑みを浮かべて任務を囁いた。


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