龍は雲に従う

□第一章〜巨椋池に潜むもの〜
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悠然とした足取りで葦やススキの混じる群生から歩み出たのは驚くほど長身の大男。筋骨隆々とした体躯の上に、黒光りする重々しい鎧を身に纏っている。肩当て、手甲に包まれた幹のように太い腕には青い房飾りの付いた身の丈ほどもある鉄槍が握られている。

戦場が似合いそうな容姿でなぜ無人の水辺を歩むのかと、疑問を持つものは多々いるかもしれない。しかし同時に、多数の人間がその疑問を瞬時に忘却に押しやるであろうとも推測がたつ。

戦装束の大男。その頭部は人のものではなかった。

頭全てを栗色の短い毛が覆い、耳のすぐ上に反り上がるような白い角が生える。鼻と顎が前に大きく突き出し、目の合間の間隔は広い。濡れたように照る鼻腔から時折霧のようなものを吹き出しながら大きく息をつく。
それは牡牛の頭部であった。

それは現世に存在するただの獣でも、ましてやヒトでもない。自然と同じく身近にあり、しかし決して相容れないもの。人智では理解できない闇の合間に潜むもの、異様のもの。神であり、鬼である。それは異形や妖怪、もしくは化生(けしょう)とも呼ばれる存在・・・。


冥界には地獄の獄卒として牛頭(ごず)、馬頭(めず)という人身異頭の異形の存在が広く世間に存知されている。今回の異形が類似するとするなら、その内の牛頭が適当だろう。
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