龍は雲に従う

□第一章〜巨椋池に潜むもの〜
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広大な巨椋池の何処かで魚が跳んだのか、僅かに水の跳(は)ねる音がした。
またひとつ、同じ音が夜陰に響く。しかし今度は僅かに音の大きさを強めて。
断続的に幾度も続く水音は泥濘(ぬかるみ)を進む足音であった。決して速くはないが確実な歩み。新たな音が生み出されるたびに湖面に波紋が湧き、黒い湖面に広がっては消えていく。

歩む者は背高い葦の群生に侵入したらしく、がさりと音を立て盛大に揺れる。風に遊ばれ揺れていただけのそれが荒々しく左右に掻き分けられ、振り下ろされる足に草が踏み倒される音が騒々しい。踏み倒された葦はよほどの負荷をかけられたのだろう、起き上がる気配を見せることはない。じきに届き始めたのは、獣のような乱れた息遣い・・・。
微かながらも吹きすさんでいた風が、まるでその者に恐れをなしたかのように弱まり、最後には止んでしまった。

その後しばらくススキや葦を掻き分ける音と重い足音が響き、ついに湖面に接しているススキが踏み抜かれた。踏み抜いたのは大の男よりも巨大な右足である。
巨椋池の岸辺は渓流に流され波で洗われ、角を失った丸石が敷き詰められたように並んでいる。泥濘では動作に不備が出るとして、人が人為的に並べたものである。結果、石と石の間に多少の泥水は溜まるものの、歩行に支障のない見事な道が出来た。そんな人工の岸辺に、遂にその者は姿を現した。
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