設定・外伝集
□白き虎、言の葉に寄せて
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『銀の虎』
「戦では冷静な精神を保つことが重要だ。平静を保たねば対処できる物事も失敗する可能性がある」
「はい」
白虎島の一室、大理石の床に書斎用の机と椅子が置かれた簡素な部屋で、沙耶姫の講義が行われている。対する生徒は彼女の息子銀珂で、筆でせっせと講義の内容を書きとめている。一段落ついた銀珂が筆を置いて沙耶姫を仰ぎ見、沙耶姫が口を開いて続きを話し始める。
「船上とは違い陸上での戦闘は実に多種多様だ。土地の高低さ、森林、川など活用できるものが多く存在する。今日は奇襲について話すぞ」
「おねがいします!」
嬉々と顔を綻ばせて先を乞う銀珂に一つ頷いて、沙耶姫は手中の開いた本を流し見る。本の題名は『兵法の初心、忘るべからず』。著者は、なんと沙耶姫自身だ。
「奇襲とは相手に気付かれぬようこちらの有利な態勢に持ち込み、叩き伏せる戦法だ。誘い出すには、やはり相手の目の前に餌を釣るのが一番楽だろう」
戦に出た著者自身の思想であり行動であり真理でありまた対策が綴られたその本の信憑性は確実だ。しかも中身は図解まで示した理解しやすい物と言う噂がある。これ以上の物はなかなか望めまい。
「餌になるものは孤立した小部隊や兵糧、または安全そうに見える逃げ道などが一般的だな」
故に戦を必要とする者からの貸し出し依頼が後を絶たないそうだが、沙耶姫自身が「門外不出」と頑なに拒んでいるらしかった。公に晒せる文章でも、心情まで書かれていればすでに日記も同然な内容だ、さもあろう。
「なるほど!ほしいものや、よわそうなものですね」
「そうだ。察しがいいぞ銀珂」
その思い付きの発言がたとえ当然の事柄であっても、沙耶姫は褒めることを忘れない。気付くことが大切であり、褒めることが伸ばすのだとよく承知しているのだ。
「結果として、相手は指揮を増し向かってくるだろう。その出鼻を叩くことは不意を突く分白兵戦よりよほど有効だ。迎え撃つ手としては―――」
「奥方殿ぉぉぉぉ!!!」
対抗策を述べかけていた沙耶姫の声は、突如響いた大音声にかき消された。響きからしてまだ距離があることは判るのだが、それでも通る声は扉という障害がないかのように室内に響き渡る。
「いづこにおられますか奥方殿!!この氷影、ひとつ御用事がございます!!」
己を名指しで呼ぶ若者。白虎族の氷影といえば、銀珂の教育係兼護衛であるただ一人しか存在しない。
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