最奥の社

□反論者・抵抗者の屈伏
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木立の中にある細い道を進んでいくと、一際他と離れた幕舎が目に入った。円形をとった枠組みに白い布を被せて固定したようなものだ。悠々と近づいた黒禅が、出入口となる幕を押し上げる。

「さぁ、中にどうぞ…」

ここが自分の処断の場かと、銀珂はしげしげと幕舎を見つめた。張られた布地は真新しいのか純白に近く、僅かに光沢を帯びているところからして防水の為に動物の油でも塗られているのだろう。

「…どうせなら立派に戦場で幕閉じたかったものですが……」
「どうか、なさいましたか…?」

細々と呟く銀珂を、黒禅が視線で先へと促す。銀珂はそんな幕舎から目を離し、辺りを流し見やる。周囲に他の黒蛇族の姿は見えず、木の上にも誰かの気配はない。

今なら逃げ切れるかもしれない。

一瞬過(よぎ)った提案は魅力的だった。どうせ死ぬのなら、戦って死ぬ方がいい。戦を愛する白虎族なら誰もが辿り着く願いだろう。だが、銀珂は内心で首を横に振った。
黒禅は約束を守り白虎族を解放した。銀珂達の後を追う断末魔は存在しなかったから、確実だろう。それなのに己は約束を破るというのは、自身が嫌悪するほどの愚行だ。



そう。銀珂の背中を叩く断末魔はなかった。

代わりに響いたのは、悲しみの慟哭。

己の腑甲斐なさを憎み
黒蛇族を無言で怒り
自分達の為に身を張る銀珂を愛しく思い
二度目のない別れに嘆き
再び無力な己を責める



一族随一の実力と謡われることが、一体何になろう。部下にこんな苦しい思いをさせるなど、まだまだ未熟で、愚かな者のする事に間違いない。

「(我が身を投げださなければ仲間も守りきれない愚者には、お似合いな末路かもしれませんね)」

銀珂は自嘲の念に苦笑しながら奥へと進む。振り返り最期に見る景色を目に刻むことさえ、過去に思い馳せることさえ、己に許しはしなかった。

幕舎の閉ざされた暗闇が、銀の麗人の姿を呑み込んだ。


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