最奥の社

□獲物捕らえし蜘蛛の糸
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「わぁあ!て、敵が!」
「白虎族が…!」

門の脇を破られるなどという型破りな襲撃に、兵士達はただ慌てた。駆け抜けていく騎士達に武器を向けることもなく、反射的に身を小さくする。本能が『動くな』と命じ、身の保全を義務とする。

騎士の波はさほど時間をたてずに終わる。数は二十ほど。機動力を考えた高速突破の形。

蹄の音が遠ざかり、土埃の中で身を縮めていた兵士達が徐々に顔を上げていく。現状を確認するため、指揮官が辺りを見回す。そして、ふと気付く。

「誰も…死んで…いない?」

あの怒濤の襲来の中、馬の走る先にいた者も存在した。たとえ踏み付けられて殺されても仕方なかったのに、兵士達は皆、怪我一つ負っていなかったのだ。

「…なぜ?」

指揮官は訝(いぶか)しむ。なにせ、相手は敵であるはずなのだから。事は何であれ、無傷なら王を守るため駆け付けねばならぬ、はずなのだが。 

固まった馬軍を、人の波を砕かずに擦り抜けさせる。人には不可能な神業と明言できる技巧を見せ付けられ、多少なりと心得のある兵達はその場を動けずにいた。焼け石に水の行為であると、その場にいる誰もが認めていたのだ。




どよめく兵士を歯牙にもかけず、白虎族の騎士達は突き進んでゆく。体格よい後続と比べ、最鋭が位置する先頭を進むのは線の細い騎士であった。
その者、腰より長いであろう長髪を頭頂でまとめていて、傾国と称されうる絶世の美貌は緊迫と興奮を湛える。白衣(びゃくい)の上に鎧を重ねており、手綱を掴む腕は白磁のような白さを湛えていた。

「先を急ぎます!狙いは黒蛇族のみですよ!」
『おぅ!!』

よく通る声音の指揮に、白虎族達が覇気ある声で応える。

「…氷影」
「はっ、お呼びですか御曹司!!」

頭頂で纏めた銀髪の先を肩辺りで揺らす青年が、麗人に呼ばれ並走する。御曹司と呼ばれた麗人は僅かに目を細めた。

「氷影、戦中は名で呼んでもらえませんか?身元がすぐに相手に知られてしまうではありませんか」
「あ…それはたしかに…判り申した御ぞ…銀珂様」

その麗人、名を銀珂という。御曹司とは長(おさ)の息子の意味。つまり、銀珂は次期族長なのだ。白虎族が純情に従うのも納得がゆく。勿論、銀珂自身白虎族の中で一二を争う程の実力を有している。


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