龍は雲に従う

□第二章〜それは光陰の如く〜
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「ねぇコーちゃん、まだ怒ってるの?」
「あったりまえだ!!」

明くる日、丁度日が空の中心に差し掛かる頃、二人は羅生門をくぐり平安京に入った。
平安京は南北の中央を最も広大である朱雀大路が通り、右京・左京とに分けられている。京内は南北に『九条』、東西に『四坊』の大路が、更に小路が碁盤の目のように走り、均等且つ整然と全体を区画している。
土地の管理を容易にする為の施しなのだが貴族や市場が左京に集中しており、すでに右京は衰退しつつある。残された廃屋は野党や追い剥ぎなど住処のない者達の絶好の隠れ家だ。勿論、陰気を好む異形達の居場所にも・・・。闇の帳が下りれば人々は家に籠(こ)もり、無人の路地は百鬼夜行が練り歩く。

朱雀大路の末端にある『内裏(だいり)』は風流を嗜(たしな)む貴族達が財を尽くして庭を屋敷を己を磨く。男達は己の一族の繁栄の為に天皇の側近である『摂政・関白』の任に就こうと、また政権争いから蹴落とされまいと、言葉の裏に毒を乗せ、女には花に乗せた歌を送る。無血の争いは剣を振るうより激しいのかもしれない。

そんな裏の顔を持つ平安京であるが、二人の前の喧騒はそんな陰湿さなど微塵も感じさせない。人々の騒めきが耳に響く。狩衣を纏った男や笠を被った女が行く道を急ぐ。品物を売るべく、商人達が横切る人々に威勢の良い声をかける…。騒然とする朱雀大路は活気に満ちて、見ているだけで生気が養われる気がする。そんな人ごみの中を歩きながら、しかし金髪の若者は盛大に苦労極まったようなため息をついた。

「はぁ・・・なんでこの俺がこんなチビでヒョロくて、おまけに悪知恵働く見習い陰陽師のガキなんぞの配下にならねぇといけねぇんだよ…」

すると隣を歩く光元が俯いた彼の顔を覗き込んだ。

「僕、端くれとは言ったけど見習いとは言ってないよ、コーちゃん」
「コーちゃんやめぃ」
「い・や・だ」

呑気に返して再び前方を見据える光元を、コーちゃんは無言で睨み付けた。

―――こいつ…雷で黒焦げにして海の底にでも沈めてやりてぇ…!!

半ば本気で考えこむコーちゃん。しかし、配下となった今ではそれも叶わない。実行に移したとしても『はい止めようねコーちゃんっ』の一言であっけない終結を迎えるだろう。それはもう容易に、石を蹴飛ばす位の安易さで想像できる。

―――俺は世界で一番不幸な人・・・じゃなく龍かもしれない。

コーちゃんは悔しさで秘かに拳を握った。今もう一度光元が彼を覗き込めば、目の端に涙の粒を確認できただろう。

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