虎は苛政よりも猛し

□第四章〜蛇穴(サラギ)の浜〜
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風の音と共に、次々と景色が流れていく。青月光元が目視出来るのは足元が陸か海か…その程度のことであった。
今現在『サラギノ浜』に向かう光元、シーちゃん、クーちゃんは『風のように飛ぶ』のではなく正に『風となって』飛んでいた。足を動かすことなくただ直立しているのに、三人次々とは流れる景色の中にいる。

「さすが速いねシーちゃん!」
「そして…楽だな」
「白虎族の秘法、風気術の一、『風流珠(ふうりゅうのぎょく)』と申します」

感心する光元とクーちゃんに、シーちゃんは笑みを含んだ声音で返した。

「戦以外に力を使うことを無駄に思っていた者達が編みだした故、用いる力も少ない術です。私達を包んだ玉の形をした風を、自然に流れる風に乗せてやるだけですので」
「随分と便利なんだねぇ。…あ!そういえばさ、こんな術があるから必要ないのかもしれないけど…シーちゃんはコーちゃんみたいに本性に戻って移動したりしないの?」

数ヵ月前、シューちゃんを追って朱雀の村に向かう際、コーちゃんが本性の黄龍に戻り皆を運んだ。それでなくともコーちゃんは度々本性の姿を晒しており、光元も目にしたことはあった。それを思い出し、彼はシーちゃんの本性、白虎の姿を目撃したことがないことに気付いたのだ。

「そうですね…」

シーちゃんは顎に手を当てて悩む仕草を見せる。そして、

「…白虎に戻る術は…忘れてしまいました」
「えっ」

シーちゃんの一言に光元は目を見開く。

「じ、自分の本性は白虎なのに白虎になれないの!?」
「えぇ、申し訳ありませんが…」
「光元、それは白虎族が自らに課した枷(かせ)だ」

斜(はす)に構えたクーちゃんがシーちゃんの代わりに説明する。

「隣の唐の国では、虎は百獣の王とされている。それは巨大な体躯と力、そして人さえ襲う気性の荒さを備えているからだ。白虎族が随一と謡われる戦闘民族たる所以(ゆえん)でもある。本性のままでは理性が本能に呑まれるんだ」
「もし戻るとすれば、青月殿に術を施してもらうか、我が身が死の危機に瀕すればあるいは…」
「はは…そ、そこまでして見たくはないかな…」

苦笑ながら光元はまじまじとシーちゃんを見やる。作り物のような美しい細面に華奢な体つき。そんな彼が人を食い殺す気性をその裏に隠しているなど、あまりに想像しがたいことであった。



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