最奥の社

□未定
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「黒禅…」

出入口となる幕を押しのけ、鍔嶄は黒禅の幕舎を訪れた。
山の縁から僅かずつ差し込む朝焼けの日を背に浴びていたが、幕が下ろされれば日差しは閉ざされ、『蛇目石(じゃもくせき)』の緑光がその姿を浮かび上がらせる。
幕舎の主人(あるじ)は片手に香炉を手にして、椅子に身を深く沈めていた。香炉からは気を鎮める効能を持つ、緩やかな香りが立ち上っていた。鍔嶄が口端を吊り上げ歩み寄る。

「黒禅、実に巧くいったらしいな。我らが秘陣『空蝉(うつせみ)』」
「相手がよかったのですよ…。この度が初陣という若輩…そうでなくば破られていたかもしれません…」
「ククク、よく言うわ…」

謙虚だな、と鍔嶄は酷薄な笑みを深める。

「ところで黒禅。白虎を罠にかけたということは…」
「鍔嶄様の仰りたいことはよくよく存じておりますよ…」

つ、と向けた黒禅の視線の先には豪紗な細工の施された剣が、それにあてがわれた鞘に納められて立て掛けられていた。鍔嶄の黒髪の間から覗く紅い瞳に、喜悦が混じる。

「これが、かの白虎族の金気より作られし剣か」
「えぇ、『空蝉』からの解放を条件で最高のものを作らせました…鍔嶄様に差し上げますよ…」
「これより求められる武器は滅多にないぞ?真(まこと)によいのか、黒禅?」
「えぇ…」

私には必要ありませんから…、と黒禅はうっそりと笑みを浮かべてみせた。

「なら遠慮なく頂こう」

鍔嶄は嬉々と剣を手にし、長衣をはためかせながら身を翻す。早く剣の切れ味を試したいのだろう。
幕舎の出入口の前で、最後に僅かに首のみ振り返る。

「黒禅、『最高』の礼だ。主の昇進、考慮にいれるかもしれぬぞ」
「それはかたじけなくございます…」

拱手する黒禅を満足げに見つめ、そして鍔嶄は幕舎を後にした。
鍔嶄の出ていった出入口を見つめつつ、嘲笑を込めて低く呟いた。

「『最高』の礼ですか…私は昇進に興味などありませんがね…」

そしておもむろに立ち上がると、寝台へと向かう。
二重になった白い天蓋を引き開ける。その間顔に浮かぶのは、父にも似た喜悦、そして充足の笑み。

「まぁ、鍔嶄様にも私の『極上』は差し上げられませんがね…」

そこには白い布地に横たわり眠る、美しい銀髪の青年の姿があった。


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