小説
□『桃』 さん
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けれど今から向かう先の相手が相手だ。否、特に約束はしていないので行かなくとも構わないのだが。
「将臣、お前が落ち着かないでどうする」
中身まで幼くなってないのがもしかすれば救いなのかもしれない。
仮になっていた事を想像すると、只でさえ痛む頭に激痛が来そうだ。
「……うるさい…」
「あ、おはよ」
ぎゃーぎゃーと将臣が騒いでいたからだろう。
寝惚け眼を擦りつつ、知盛が目を覚ます。
口を大きく開けて欠伸をし、背伸びをする。
そして、顔を上げた瞬間に硬直した。
言わずもがな、雅の腕の中にすっぽりと納まった将臣を見て、だ。
珍しく大きく見開かれた目の中で動揺の色をちらつかせる紫苑の眼。
雅は苦笑を浮かべた。
「……どういう事だ」
それは将臣の事だけではなく、己の身体の事も含めて。
朝食用に残しておいた木の実を口にしつつ知盛は雅を見る。
将臣は被害に遇いつつも冷静な知盛に向かって吼えていた。
「どうしてそんな事をしたのかは俺にも判らないが、原因は…その…俺が清盛から貰ったあの桃、だと思う……」
最後の方はかなり弱弱しかったが、言い切る。
そしてその桃を渡された時の話をすれば。
「あのくそチョウチョ…が……」
とても十歳の子供には似合わないどす黒い怒りのオーラがその身から発せられている。
肌にちくちくと痛み、雅は空笑いしか出来なかった。
くしゃりとその頭を撫で、宥めようと試みる。
「ガキ扱いすんじゃねぇよ」
「あはは、悪い」
不愉快そうに眉間に皺を刻むも、興奮は鎮まった。
「……まあ、取り敢えず今は朝食にするか」
このままでは今後の行動も考えられない、と雅は朝食の準備を始めた。
知盛が完全に覚醒するまではあともう少しかかるだろう。
目覚めた直後、寝惚けていない彼はいったいどんな反応をするだろうか。
将臣と同じか、否、それはない。
寧ろ自らもそうだというのに将臣をからかい、遊ぶかもしれない。
「……くく…」
将臣には気付かぬ程の小さな声で、笑った。
怒りで今すぐにも帰りたい筈なのに。
楽しんでしまっているのはいったい何故なのだろうか。
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