朝焼けの館

□桜の愛し君
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「ところで……」
「ん?」

丸井でもあるまいに、大量の菓子と幸村を見比べる。

「そのチョコレートの山はなんだ」

そう口にすると、幸村は形容しがたい表情をして一つ溜息をついた。
心の中ではまた馬鹿だ、と形容されているのだろう事は、鈍い俺でも容易に察しがついた。

「バレンタインだよ、お前だって一つは貰っただろうに」

一つ、にものすごいアクセントがついていたのには気づかないフリをして、菓子の山を再び見る。
確かに今日は二月十四日、世間ではバレンタインなどという浮ついた名のつく日ではある。
何故俺が知っているかというと、折しも今日は土曜。
部活のない生徒は用がないため、幸村宛てのプレゼントをいくつか預かっていたせいだ。
しかし幸村の目の前に置かれているのは、軽く紙袋一包みはあるだろう。
……少し多すぎやしないだろうか。

「だが、」
「王者立海大附属」

強い声音で宣言するように幸村は言う。

「花形テニス部の一年生レギュラー。……真田、お前も自分の置かれた立場を少し自覚したほうがいい」

幸村、蓮二、それに俺。
強豪と名高き立海大附属の、一年生三人は確かに目を惹いた。
やっかみも受けるが、そこに付随するは畏怖と恐怖……それに俺とて気付かない筈はない。
その肩にふりかかる、王者の重み。
それはこの場にいない蓮二ですら、十分にわかっているだろう。
ふと、俺は蓮二を思った。
遅刻ではないが、いつもは鍵当番のように早い蓮二が、まだ顔を見せていない。
心配になって席を立とうとすると、無言の手が俺を制した。

「大丈夫だよ、柳はもうすぐ来る」

全てを見透かした―――俺の心情も察したように、幸村は謎めいた微笑みを浮かべる。
巷ではこれをミステリアス、と称するらしいが、俺には底が見えない恐ろしさを感じる。
その気まずさに目線を移動させると、図ったかのように部室の扉が開いた。

「遅れてすまない」

さらりと黒髪を揺らして蓮二がその姿を見せた。



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