朝焼けの館

□子羊の誘惑
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「丸井く〜ん!」

黄金色の髪が、フェンスの向こうでふわふわ揺れる。
ああ、また来たのかなんて部員は気にも止めない。
せいぜい、真田がしかめっ面をするくらいだ。

東京と、神奈川。

近いようで遠いその距離を、こいつは簡単に飛び越えてきちまう。

「んだよ、芥川。また来たのかよ」
「えへへ。…丸井くんの練習、見てていい?」

ふわふわ笑う、その願いを断れるはずもなくて。

「わかった、そこでおとなしく見てろよ!」
「はーい、嬉C〜」

まったく、わかってんのか?
オマエにそう見つめられてると、柄にもなく俺が緊張するって事。
一つでも天才的妙技を見せて、喜ばせてやりたい気持ちが勝っちまう。
なぁ、この気持ちってなんなんだよ?

「まったく、お前さんも熱心じゃの」
「あっ、仁王くん!」

練習試合の終わった仁王が、芥川に声をかけている。
…なんかやーな予感。

「そんなにブン太がいいんかのぅ?」
「うん!丸井くんは特別!!」
「な…」

無邪気な爆弾発言に、取ろうとしたボールを打ち損ねる。
「ちっ…」
なんとか踏みとどまって、目の前の試合に集中する。
芥川の一挙一動に反応してちゃ、いつまで経ってもゲームは終わらない。

「早めに終わらせねぇとな…」
すう、と視界が色を変える。
世界が狭まって、俺とコートだけになる。
「丸井くん、かっこE〜」

その呟きも、聞き取れない程に。
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